札幌劇場ジャーナル

【特別寄稿】いざ来ませ、異邦の民の救い主 -音楽のアドヴェント・カレンダー<後篇>(執筆:武尾 和彦)

STJセレクト

はじめに

11月終わりか12月の初め、めっきり夜が長くなり、寒さも日増しに厳しくなる頃、教会暦ではアドヴェント(待降節)を迎える。教会暦の新しい1年の始まりである。

アドヴェントは1225日クリスマスの4回前の日曜日から始まる(2022年は1127日)。イエス・キリストの誕生(それは自分の心に救い主を迎え入れることでもある)を待つとともに、キリストの再臨をも覚え、心の準備をする期間である。教会やキリスト教学校等ではアドヴェント・クランツ(樅の枝を王冠状に編み、そこに4本のろうそくを立てたもの)を飾り、日曜日が来るごとにろうそくに1本ずつ火を点してゆく。また、家庭ではアドヴェント・カレンダーを飾り、1日ごとに窓を開けて指折り数えるようにクリスマスを待ち望む。アドヴェント・カレンダーは北欧ではユール・カレンダーとも称し、この間テレビやラジオなどで連続企画の放送があるとも聞いている。第1日からクリスマスの前日まで、11曲ずつアドヴェントにちなんだ作品を紹介していきたい。同じ作品が重複しないように選んだ。また、アドヴェントの期間は年によって異なるが、最大28日間あるので、今後も毎年使えるように28日分用意した。(  )内の日付は今年2022年のカレンダーに対応している。なお音源はCDとして流通しているものを選んだが、サブスクリプションやYouTubeで視聴できるものもあるので、適宜そちらをもご参照いただきたい。それでは後半をお届けしよう。

前篇(第1日目~第14日目)はこちらからご覧いただけます。

15日 待降節第3日曜日(1211日)

ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681~1767)《明るい昼の光の前で》TWV1:1483
ニコラス・シュパノス(カウンターテナー)/パンドルフィス・コンソート(Gramola GRAM99215)

1725/26年に出版されたカンタータ集『音楽による礼拝』に収められた待降節第3日曜日のためのカンタータ。教会での演奏だけでなく、信徒の家庭内の礼拝も想定されており、独唱とフラウト・トラヴェルソ、通奏低音という家庭内演奏にふさわしい小編成で書かれている。規模も2つのアリアの間にレチタティーヴォが挟まれるだけの簡素な構成で親しみやすい。歌詞は新約聖書「コリントの信徒への手紙一」415節に基づき、神の光の前では何ものも隠れることができないことを歌う。いかにもテレマンらしく、平明でしかも聴く者を飽きさせず、自分も演奏してみたいという気持ちにさせる作品。当録音では通奏低音にアーチリュートとともにアコーディオンを用い、独特の効果をあげている。

16日 月曜日(1212日)

ザムエル・シャイト(1587~1654)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》
クラウス=マルティン・ブレスゴット指揮アテジヌス・コンソート・ベルリン(Carus 83.469)

ルター作の同コラールに基づくモテット。コラールの歌詞を一行ずつ丁寧に展開してゆく。カノン風の同語反復が印象的で、特に「komm=来ませ」の語が次々と繰り返されるあたりは美しいこだまのようだ。なお、当録音は2017年の宗教改革500年を記念して制作されたもので、ルター作の歌に基づく16世紀から20世紀までのさまざまな作品が収録されている興味深いアルバム。

17日 火曜日(1213日)

ヨハン・パッヘルベル(1653~1706)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》
塚谷水無子(オルガン)(Pooh’sHoop PCD-1507)

パッヘルベルと言えばもっぱら「パッヘルベルのカノン」が有名だが、南ドイツ・オルガン楽派の巨匠として多くのオルガン作品を残しており、バッハの長兄ヨハン・クリストフに音楽を教えもしている。この曲はルター作の同コラールの旋律をペダル声部に置き、上声では細かい音符が軽やかに駆け巡る。使用している楽器はオランダ、ライデンのホグランツ教会にあるファン・ハーガービア・オルガン。なおこのアルバムはその名も「ぬんこむ」と題し、《いざ来ませ、異邦の民の救い主》に基づくオルガン作品ばかりを22曲収録したユニークな1枚。

18日 水曜日(1214日)

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750)《嬉々として舞い上がれ、星々の高みにまで》BWV36
フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮コレギウム・ヴォカーレ(harmonia mundifrance HMC901605)

1731年の待降節第1日曜日のために書かれたカンタータだが、元は1725年にトーマス学校教師の誕生日祝賀のために書かれたカンタータ(BWV36c)で、1726年にはケーテン侯妃の誕生日祝賀カンタータ(36a)に転用され、さらに1735年にはライプツィヒ大学の学長就任祝賀カンタータ(36b)にも転用されている。このように繰り返し転用されているのはバッハにとってよほどの自信作であったからに違いない。曲は2部構成で、第1部と第2部の初めに置かれた楽曲には軽やかな3連符が現れるが、バッハはしばしば信仰の喜びを表すのに3連符を用いる。そしてこの曲の大きな魅力は随所で活躍するオーボエ・ダモーレの響きだろう。特に第3曲テノールのアリアのオブリガートは独唱への親密な寄り添いが「愛のオーボエ」の名にふさわしい。この曲は名手マルセル・ポンセールがオーボエ・ダモーレを吹くヘレヴェッヘ盤で聴きたい。

19日 木曜日(1215日)

ディートリヒ・ブクステフーデ(1637~1707)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》BuxWV211
ベルナール・フォクルール(オルガン)(RICERCAR MRIC250)

ルター作のコラールに基づく前奏曲。歌詞のそれぞれの行に対応するカノン風の音楽を伴奏部分とし、その上で定旋律が美しく装飾を施されて歌われる。こうしたブクステフーデのコラール前奏曲の手法はバッハに大きな影響を与え、後に出るバッハのBWV659などにはこの曲の影が色濃く反映しているように思われる。曲の終盤ではペダルの長い保持音の上でソプラノ声部が華麗に歌い、大地と天との対比を想起させる。使用している楽器はオランダ、ホーホストラーテンの聖カタリナ教会にあるトーマス・オルガン。

20日 金曜日(1216日)

ディートリヒ・ブクステフーデ(1637~1707)《心から私はあなたを愛します、おお主よ》BuxBW41)
コンラート・ユングヘーネル指揮カントゥス・ケルン(harmonia mundi HMG501629)

ブクステフーデがオルガニストを務めていたリューベックの聖マリエン教会では、アドヴェントの日曜日に「アーベント・ムジーケン=夕べの音楽」と題した演奏会を行うことが習慣になっており、1705年には若きバッハもこれを聴いている。このカンタータはいずれかの年のアーベント・ムジーケンで演奏されたと思われる。マルティン・シャリング(15321608)作の同名のコラール(これはバッハが《ヨハネ受難曲》の終曲で用いたコラールだ)に基づき、市民のための演奏会らしく、複雑な対位法などは避けた親しみやすい音楽が展開される。

21日 土曜日(1217日)

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》BWV660
トン・コープマン(オルガン)(TELDEC WPCS-4713/4)

「ライプツィヒ・コラール集」に収められた同コラールによる3曲のうちの一つ。下2声部が定旋律の音型を用いたカノンを展開する上で、ソプラノ声部が装飾された定旋律を演奏する。コラール旋律に深い彫琢を施したコープマンの演奏で聴こう。使用している楽器はオランダ、レーウヴァルデン大教会のクリスティアン・ミュラー・オルガン。この録音はコープマンの手兵アムステルダム・バロック合唱団の歌う原曲のコラールと並べられており、作品の理解に大いに助けになる。

22日 待降節第4日曜日(1218日)

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750)《道を備え、大路を備えよ》BWV132
ルドルフ・ルッツ指揮ザンクトガレン・バッハ財団合唱団・管弦楽団(同財団 A911CD)

1715年、バッハがヴァイマール宮廷の待降節第4日曜日のために書いたカンタータ。この日曜日はライプツィヒでは斎戒期としてカンタータの演奏が行われなかったので、バッハの生涯に一度しか演奏されなかった。イエスの活動に先駆けて道をつけた洗礼者ヨハネの記事をもとに、キリスト者が自己の内面においてキリストを迎える準備の道を備えることを促す。バッハのカンタータには歌詞を音型で象徴する手法が多くみられるが、この曲でもそれが極めてわかりやすい形で表されている。例えば第1曲ソプラノのアリアでは「Bahn=大路」の語にどこまでも続く曲がりくねった道を表すような長大なメリスマが現れ、聴いていて楽しい。この録音で指揮とオルガンを担当しているルッツは「即興の魔術師」の異名をとり、第5曲アリアと第6曲コラールの間にオルガンの即興演奏をはさんでいる。

23日 月曜日(1219日)

グレゴリオ聖歌《天よ、露をしたたらせ》
フーベルト・ドップ指揮ウィーン・ホーフブルクカペルレ・コーラルスコラ(DECCA UCCS-50171)

カトリック教会では待降節第4主日のミサの入祭唱として旧約聖書「イザヤ書」458節に基づく「天よ、露をしたたらせRorate caeli」を歌うのが伝統となっているが、そこから広く待降節の歌としてこの歌詞が歌われるようになり、多くの作品が生み出された。今日から3日間はこの歌詞に基づく作品をご紹介しよう。まずはもとのグレゴリオ聖歌から。簡素ながら少し高揚するメリスマにクリスマスを控えた喜びが感じられる。

24日 火曜日(1220日)

ハインリヒ・シュッツ(1585~1672)《天よ、露をしたたらせ》SWV322
ルートガー・レミー(通奏低音)ほか(Carus 83.271)

1639年に出版された『小宗教コンチェルト集』第2巻の中の1曲。ラテン語の歌詞によりソプラノ2+バス1+通奏低音で演奏される。Rorateの語が少しずつずれながら何度も歌われるさまは、まさに天から露が落ちてくるようだ。厳粛な作品が多いシュッツの中で異例とも言っていいほど心躍る作品。ルートガー・レミーの率いるアンサンブルの清冽な響きがこの効果を最大限に生かしている。

25日 水曜日(1221日)

髙田三郎(1913~2000)《天よ、露をしたたらせ》
髙田三郎指揮豊中混声合唱団(Giovanni Records CVCS10805)

合唱組曲《水のいのち》などで知られる作曲家髙田三郎は敬虔なカトリック信徒であり、日本語による「典礼聖歌」を多く作曲した。本作はその1曲であり、日本語の抑揚を生かした穏やかな旋律、わかりやすいホモフォニックな音楽で、会衆が自然に典礼に入り込めるように作曲されている。髙田の作品を多く歌って来た豊中混声合唱団の真摯な歌も心を打つ。

26日 木曜日(1222日)

フーゴー・ディストラー(1908~1942)《トッカータ(「いざ来ませ、異邦の民の救い主」による)》
塚谷水無子(オルガン)(Pooh’sHoop PCD-1507)

コラール旋律による長大なペダル・ソロの後、上声部で即興的なパッセージが駆け巡る。短いながら不思議とインパクトの強い作品。使用している楽器はオランダ、ハーレムの聖バフォ教会にあるクリスティアン・ミュラー・オルガン。作曲者のディストラーはニュルンベルク出身、ライプツィヒ音楽院で学び、リューベックの聖ヤコビ教会のオルガニストやシュトゥットガルト宗教音楽学校の教授などを歴任。しかしその活動の時期はナチスの政権掌握や第二次世界大戦と重なり、友人の死や空爆、ナチス政権の脅威などから次第にうつ状態になり、「神とナチスの両方に仕えることはできない」と自ら命を絶った。この感受性の鋭い若き音楽家の耳にルターのコラールはどう響いたのだろうか。

27日 金曜日(1223日)

ゴットフリート・アウグスト・ホミリウス(1715~1785)《口でイエスは主であると公に言い表すなら》HoWVⅡ.8
ミヒャエル・アレクサンダー・ヴィレンズ指揮ケルン・アカデミー(CPO 555278)

待降節第4日曜日のためのカンタータ。新約聖書「ローマの信徒への手紙」109節に基づき、心に信じ口で告白することの意義を説く。ホミリウスの音楽はギャラントな趣をも持った18世紀後半の典型的な前期古典派様式であるが、この作品は少しバロック様式を意識したようなところがあるのが興味深い。ウィレンスとケルン・アカデミーは18世紀のあまり知られていない作曲家の教会音楽を積極的に取り上げ、顕著な成果を挙げている。

28日 土曜日(1224日)

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》BWV659
ヘルムート・ヴァルヒャ(オルガン)(ARCHIV F00A 20028)

ペダル声部のゆったりとした8分音符の動きに乗ってコラール旋律の音型によるカノン風の音楽が現れ、その上で美しい装飾を施された定旋律が歌われてゆく。バッハが「ライプツィヒ・コラール集」に3曲残した同コラールによる前奏曲のうち最も瞑想的な作品。フェルッチョ・ブゾーニのピアノ編曲でも知られている。ストラスブール聖ピエール・ル・ジュヌ教会のジルバーマン・オルガンを用いたヴァルヒャの真摯な演奏で、静かに明日のクリスマスの備えとしよう。

(武尾 和彦)


 

<著者紹介>

武尾 和彦(Kazuhiko TAKEO)

青山学院大学文学部卒業、同大学院修了。高校生の時から教会でオルガンを弾き、大学では聖歌隊に所属し学生指揮者を務め、以来教会音楽に親しんできた。現在、キリスト教系の学校で教鞭をとる。

 

 

※「投げ銭」するための詳しい手順はこちらからご確認いただけます

この記事はこちらの企業のサポートによってお届けしています

楽器のオンラインレッスン・出張レッスンならジュエル・ミュージックへ

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 4 follow us in feedly

ページ最上部へ