札幌劇場ジャーナル

【特別コラム】あの冬、ロンドンで、どうしていたっけ(執筆:原田 真帆)

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冬至を越えて日の入りが少しばかり遅くなってきたものの、それでも午後4時には日没を迎える。ただでさえ日中も日が照っている場面が少ないというのに、日が昇っているのはきっちり8時間きり。関東平野の真ん中で太平洋側気候の冬晴れに育てられたわたしは、ロンドンの日照時間を十分と言うことはできなかった。その緯度は宗谷岬よりも高い。

2018年1月、渡英して2回目の冬。わたしは急遽決めた博士課程への出願のため四苦八苦していた。そもそも、留学を始めたときは修士課程の2年間きっちりで帰るつもりだった。と言うより、2年間しかないと思うことで、自分に発破をかけていた。それでも2年目を始めたとき、もっとここにいたいと思ってしまった。自分の専門性がいまいちはっきりとしていなかったわたしは、まだ帰るときではないと思ったのだ。残るための方法を模索した結果、一度掲げたものの燻らせていた夢「演奏家として論文を書くこと」を叶えるべく、博士課程を目指すことにした。

しかし具体的にその道筋が見えたのは11月も半ばを過ぎてから。一方、出願は1月、併せて自分が研究したいテーマに関する小論文を提出する必要がある。しかも何を思ったのか、出願しようという最後の決心が固まったのは年の暮れ。本当にスイッチが入ったのは、11日に寒桜を一輪見かけてからだった。

そこから毎日毎日、ノートパソコンを抱えたまま寝入っては、気がついたら朝を迎えるような日が続いた。日中は授業やレッスン、リハーサルがあるので、作業は夜も更けてから。でも1月のうちには、オーケストラの本番がひとつ、そのリハーサルが5日間、ソロでバッハの無伴奏ソナタ第2番全曲を弾く本番がひとつ、翌月初めに古楽アンサンブルの講座と、オーケストラの本番がひとつとそのリハーサル、そして月の半ばに人生で初めてのソロリサイタルを控えて、いつになくピンチであった。そんなときに限って、譜読みはうまく進まないし、リサイタルの曲はなかなか形にならない。さらに、あろうことか、住んでいた物件では共有キッチンの改装工事が予想外のアクシデントで長引いて、調理場を満足に使えない状態だった。

正直に言えば毎日がぎりぎりで、あんなにストレスフルな状態は後にも先にもなかなかない。110日にひとまずの書類を揃えて教務に滑り込んだ。出願先が通っている学校という地の利を生かした綱渡り。わたしが藝大に通っていた頃は、郵送でない願書は在学生のものすら受け取ってもらえず失格になったものだが、ここはイギリスである。紙さえ滑り込めば、受験料の支払いも小論文の提出もしばらくの猶予をもらえた。31日の締め切りを目指して、そこから20日間必死に生きた。

何が大変だったって、何せそのときのわたしは誰にも論文の書き方なんて習っていない。楽器ばかり弾いてきた人生だった。楽器さえ弾いていれば、論文を書かずとも学位を与えられてきたのだ。しかも小論文は当たり前だが英語である。やはり楽器さえ弾ければセンター試験もビザのための語学試験も甘く見てもらえただけに、学術的な文章を書くのに十分な英語力があるとは言いがたい状態ながら、見よう見まねで引用や脚注の書き方を覚え、いろいろな英語の構文を調べて、毎晩毎晩パソコンに向かった。それはほとんど執念だった。いつか論文を書きたいと言うのは簡単だ。でも何かと自分に言い訳をしてそれを実現してこなかった、なよっちい自分に別れを告げたかった。

ただ、臆病な自尊心をこじらせて、わたしは出願していることを家族以外誰にも告げなかった。もちろん、受けるからには合格してみせるという気概のもとに準備していたが、英語で満足に自分の思いの丈を書けない人間が受かるのだろうかと疑う気持ちがあって、落ちたときのことを考えると居た堪れず、人に言えなかった。プランBとして、やはりイギリスに残りたいと思っている同じ境遇の友人たちと一緒に、ワーキングホリデービザの申し込みをしたりした。当てもないのに就労ビザのほうも申請を試みた。どちらも呆気なくふるい落とされた。

毎朝、視界はスリープ状態のパソコンから始まった。8時ごろにならないと外は明るくならない。すっきりしない頭でお湯を沸かして、ミルク入りの紅茶とトーストをこしらえると、前夜の作業を振り返りながら流し込む。時間いっぱい作業をしたら、身支度をして学校へ向かう。隙間時間も無駄にしないように、パソコンと充電器は必ず持っていった。楽器ケースと合わせると結構な重さになる。学校で楽器をさらったりリハーサルをして、近くの食料品店で買ってきたもので夕食を取りながら、キッチンが機能しないせいでろくに調理できない状況を耐える。帰宅して22時、そこから意識の続く限りキーボードを叩く。

30日、終わりの目処が立ったのは突然だった。余韻に浸る間も無く、打ったものをプリントアウトして束にした。翌日は提出するその足でバッハを弾きに行かねばならない。何度も弾いているレパートリーとはいえ、暗譜で演奏するための確認は必要だった。疲れていないわけがないのに、書き上げた高揚感でハイになっている。31日朝。小論文を大事に抱えて、本番のための黒装束をまとって楽器を背負い、学校へ向かった。教務で紙の束を手渡したときに覚えたかすかな達成感を胸に、爽快な気持ちでバッハを奏でた。

結局そのとき提出したものが書類審査を通過し、面接を受けて、春を迎えた次第だが、あれからもう5年が経つ。最近になってその文章を読み返してみたところ、あまりに稚拙な英語と未熟な内容に驚かされた。面接官はよくもこれを審査に通してくれたなと思うが、細部のクオリティーよりも、そのテーマと熱意を汲んでくれたのだと思う。また稚拙と思える分だけ、自分も学びを得たのだろう。それが同じ人間が書き残したものだと、存分に自意識を発揮すれば、恥ずかしさでいても立ってもいられない。でも、5年前の自分はもはや他人に思えるほど、気がついたらずいぶん遠くまで来たものだ。今となっては、当時考えていたことが書き残されていて良かったとすら思う。オートエスノグラフィーをするならば、いかに自分の考えが変化したのか明確に提示できると見応えがある。その小論文は、去年おととしまではまだ自分の至らなさを直視する勇気を持てずに開けなかった文書ファイルだったが、時は来た。今のわたしはそれを読みながら、少し感慨を覚えてから、落ち着いて反論する余裕がある。

こういうことがあるから物書きはやめられない。人は変わらないし、人は変わる。開き直るつもりはないが、過去に蓋をするばかりでなく、過ちを反省し、悔い改めていくことが、成長を促す。幼さと向き合うのは痛みを伴うが、重ねた年月を感じられる。

留学してほんの数か月の頃、わたしは噂に聞く季節性うつの気配を感じて、初めてのイギリスの冬に怯えていた。イギリスやドイツなど冬の日照時間が短い地域では、秋が深まるにつれてうつ様の症状を訴える人が増える。授業やレッスンのあとで、ちょっと帰宅が夕方に差し掛かれば街は真っ暗。授業のあと、暗がりの中でスーパーに行く、そのもうひとがんばりがききづらい。はたまた、ずっと家で楽器をさらうほうの日も、窓から見える空の色合いに夕食を期待して時計を見れば、寮の食事の時間までまだ1時間以上ある。

気持ちが塞がるとき、それは自分のせいばかりではなく、環境要因も多分にあると知ったのは、イギリスに来てからのこと。この国では秋になると、日照時間の短さゆえに不足するビタミンD を補うために、サプリメントが大々的に売り出される。初めの年は馴染みのない習慣を「食べず嫌い」してサプリメントこそ摂らなかったが、自分の気持ちが落ちるときの条件を押さえた。暗さ、寒さ、そして一番は空腹だ。そう気付いてからは、家路の途中でも小腹を満たすことに躊躇しなかった。それはある種の浪費とも言えるかもしれない。でもわたしにとっては、一時の空腹を無視して、その後気持ちが塞がって作業効率が落ちることのほうがコストが高かった。温かい飲み物や小さなブラウニーで、自分をなだめすかして機嫌をとる。時に自分に落胆し、時に自分を甘やかしながら、何とかかんとか日々をこなし、2月半ばを過ぎれば、ずいぶんと日が延びて気持ちは上向きになった。なるほどこれがイギリスの冬か。バスの2階席からミモザの花が見える頃、冬を乗り越えた安堵の思いに満たされたことを覚えている。

驚きとある種の感嘆すら覚えた初めての長く暗い冬から、何度も冬を重ねた。それぞれの冬があった。ロンドンは京都並みに着倒れの街だと知った冬。学生という身分ゆえに軽んじられて唇を噛んだ冬。その次の冬はパンデミックの足音がしていた。Zoomの画面を見つめ続けた冬もあれば、コロナにかかって後遺症で悪夢を2か月見続けた冬もあった。苦い記憶は少なくない。それでも、冬を嫌いになることはなかった。苦しい場面に遭遇するたび、あの過酷な博士進学前夜の記憶がわたしを支えてくれる。あのときよりマシだ、あれを乗り越えたんだからこれくらいは大丈夫。でも、もう二度とあんな酷いキッチン工事には遭遇したくないし、遭遇しないほうの人生があるなら絶対にそのほうが良い。

冬の厳しさがあると、季節のコントラストの強さが映える。生き易いとは決して言えないし、安全な住まいあってこそのことだが、自分の機嫌の取り方を知った今、わたしは冬を嫌悪しない。むしろ何十年かたったときに、いくつもの冬の記憶を懐かしく思い返すのだと思う、この文章とともに。

(原田 真帆)


<著者紹介>

原田 真帆 (はらだまほ)

(C)新津保建秀

ヴァイオリニスト。栃木県出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部器楽科卒業、同声会賞を受賞。英国王立音楽院修士課程に奨学金を得て進学、修了時にディプロマ・オブ・ロイヤルアカデミー、ドリス・フォークナー賞を受賞。現在は同音楽院博士課程にて、ヴァイオリン演奏とジェンダーの関係を研究している。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位、モーツァルテウム=スカラシップ、ストリング賞。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。弦楽器専門誌「サラサーテ」、クラシック音楽コラムライブラリー「COSMUSICA」などで執筆もおこなう。

Website  www.mahoharada.uk

 

 

 

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