札幌劇場ジャーナル

プラハ交響楽団 ニューイヤー名曲コンサート

コンサートレビュー

2019年1月10日(木) 札幌文化芸術劇場hitaru

プラハ交響楽団、ニューイヤー名曲コンサートを聴いた。指揮はピエタリ・インキネン、曲目はブラームスのヴァイオリン協奏曲(Vn.樫本大進)とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。

 

プラハは東欧随一の音楽の都である。世界中から注目が集まるプラハの春音楽祭、いくつもある優れた個性を持つオーケストラ、歌劇場。輩出された音楽家は枚挙に暇がない。そのなかでプラハ響は比較的新しく1934年の創設。1989年まで長く音楽監督をビエロフラーヴェクが務めた。日本の音楽ファンのチェコの音楽のイメージ、穏健で伸びやかに歌う、このイメージはビエロフラーヴェクとプラハ響によって形成された面が強い。しかし、情熱的なラファエル・クーベリック、そしてビエロフラーヴェクの後に音楽監督を務めたアルトリヒテルの土俗的なエネルギーが爆発するような演奏が次第に知られるようになってきて、「穏健なチェコ風」というイメージはあくまでも日本固有の音楽産業で方言的に形成されたイメージにすぎないということが分かるようになってきた。それでも、東欧のオーケストラからはスコッチ・スナップのリズムの感じ方やボウイングなどに、他地域とは異なる個性があるのも事実。また、遥かに連なる丘の向こうから響いてくるような固有の個性も現在まで少なからず保持していた。この点では、インターナショナル化が進む世界のオーケストラ音楽において、ローカル色を強く残しているというのはあながち嘘ではない。

 

しかし、2015年にプラハ響が新しく首席指揮者に迎えたのはフィンランドの俊英ピエタリ・インキネンだった。これは、オーケストラ側が「変わること」を求めているということの現れである。音楽ファンが、チェコの音楽家にいかにローカル色を求めようとも、オケサイドは「変わらなくてはならない」という意識を強く持っているのだ。

 

今回、インキネン体制になってからはじめてプラハ響を聴いた。前回聴いたのはアルトリヒテルとの「わが祖国」。このときは、土の香りがするような素朴な響きと野性的に燃焼する個性が色濃かった。しかし、インキネンの指揮のもと、オーケストラの個性は著しく変化していた。上述のスナップ・リズムやペンタトニック、短属和音などドヴォルザークがびっしり書き込んだ「民族性」はことごとく脱色され、徹底して純音楽的、絶対音楽的な響きに変貌していたのだ。

 

ブラームス、ドヴォルザーク双方に共通して言えるのだが、響きは一貫して墨絵のように枯淡でありながら陰影に富んでいた。音楽の流れにはいつも余裕があり構えは大きいのだが、決して重たくならない。むしろ、宙に舞うレースがゆっくり落ちてゆくような儚げな風情がある。こうした特徴は、かのザンデルリンクを想起させた。そして、弦のさざ波には言いようのない凛とした静けさが漂い、何度も後期シベリウスのように聴こえた。

 

また、インキネンの音楽作りは、透かし彫りのように透き通る音響、そして、いまここで聴こえなくてはならない声部がごく自然に耳に届いてくる特徴がある。しかも、いかにも整理していますというような作為がないのが心地よい。バランスの調整は指揮者なんだからできて当然と思われるかもしれないが、これをひどく苦手とする有名指揮者は多い。例えばバレンボイムは絵の具を混ぜて一色になるまで掻き回したような音しか出せない。ゲルギエフにもその傾向はある。小泉和裕もいつも混濁しておりまるでリハーサルを行っていないかのような音を出す。大野和士は明晰だが逆にすべてを前景にびっしりと描き、どれが大事なのか分からくなってしまった絵画のような音楽をする傾向がある。そこへゆくとインキネンの感覚的鋭敏さ、経験、センスは信頼に値する。

 

インキネンは日本フィルを指揮するともっとスマートで洗練された音楽をする。今回のゆったりとした流れの音楽は、インキネンとプラハ響の個性が互いを尊重し合いながら生まれた音楽なのだろう。プラハ響の楽員も、いかにも音楽を楽しんでいるという雰囲気があり、これが純音楽的なインキネンの音楽に愉悦感をもたらした。

 

前置きが長くなった。ブラームスの協奏曲へ移ろう。近年は古楽の影響もあり、世界的に活躍する奏者では、リズムとメリハリを強調する器楽奏者が増えてきて、逆に息の長い旋律を歌える奏者が減ってきている。そこへゆくと樫本はオイストラフなどの流れを汲む「歌」重視であり、その音楽は「時間的」と形容できる。そしてインキネンの指揮が透かし彫り的で言うなら「空間的」。この組み合わせで聴くブラームスは実に興味深かった。

 

演奏で特徴的だった箇所を何箇所か挙げると、まず長大な序奏を経て登場するヴァイオリンのアインガング(※譜例1)

譜例①

待ちに待った主役の登場という風な演奏がされがちだが樫本は違う。誇張のない虚心な滑り出しを見せた。このアインガングは実は、展開部最後に8度で繰り返され再現部に向けて音楽が紅潮するための伏線なのだ。樫本とインキネンはこのことをはっきり意識している。いかにも構造的だ。こうした探究心は他のVn奏者も多いに見習うべきだ。樫本の音楽にはいつも余計な力みがないので、こうした知的な設計の意図が伝わりやすい。イ長調の第2主題(※譜例2)もまったく感傷的ではない。

譜例②

この作品にメランコリーを期待したお客さんは肩透かしを食らったかもしれないが、樫本には明確な意図がある。ハ長調でオーケストラに引き継がれてもなお感傷の色はない。素晴らしかったのは再現部。冒頭からのすべての素材が重なり合う様がごく自然に当り前のように響き合う。声を荒げないのにスッと心に届く賢人の言葉のようだ。トランクィロは雪解けを待つ北国で身を潜めるように静か。物憂げなのだがどこか明るい。いかにもインキネンらしいというか、北欧の香りといえようか。第2楽章は冒頭の木管が牧歌的で土臭い音を出す。このあたりはオケの元々の特質だろう。嬰へ短調に転調する第2(※譜例3)

譜例③

樫本はようやく割り切れないような感情を露わにし訴えかけるように歌う。エルマンがこの箇所について「悲劇のプリマドンナのアリア」と述べているが樫本もそう理解しているのだろう。音楽の捉え方に明確なコンセプトがある。第3楽章は独奏ヴァイオリンの8度重複を支えるイ長調の属7の持続音がここでも透かし彫りのように響いたことも印象に残った。

 

後半のドヴォルザーク。今回の来日公演で「新世界」を演奏するのは札幌が初。日程的におそらく当日にGPを行いそのまま本番、いわゆるゲネ本だったはずだ。しかし演奏には十分に聴き応えがあった。前述の特徴がここでも一貫していた。冒頭、弱音が唐草のようなデリケートな絡み合いを聴かせる。続くシンコペーションの弦のトゥッティも力づくではない。続く19小節からのゼクエンツ(※譜例4)にはハッとさせられた。減7上のシンコペーション、そしてゼクエンツによる反復。これはブラームスの交響曲第一番の終楽章の序奏部(27-29小節、※譜例5)と同じなのだ。

譜例④ 減7上のシンコペーション、そしてゼクエンツによる反復

譜例⑤ ブラームスの交響曲第一番 終楽章の序奏部(27-29小節)

インキネンによって透明な響きで構成を明確にされた演奏家らはドヴォルザークの西側との共通点が際立ってくる。展開部も幾度もブラームス的に響いた。例えば展開部のクライマックス254-257小節では、減57(あるいは、和声学的には長調のⅦ7、いわゆる導7、あるいは短調のⅡ7)が半音階で連続し調性が行方不明になる(※譜例6)

譜例⑥

機能和声のルールを厳守しつつその限界に挑んだブラームスの影響がはっきりと響いたことに驚くとともに、発見があった演奏だった。力づくでねじ伏せるように鳴らすとこうは響かない。

 

2楽章は、ホ短調で終止した全楽章に続いて、突如遠隔の変ニ長調が鳴る。ここにも精度の高い和声感の表出によって作品本来の衝撃がある。ただ、こうした技法は18世紀のハイドンも用いている。冒頭はいかにもコラール的に鳴らされる。終楽章コーダで再度この和音が鳴るがそこでもコラール的で響きの性格の一貫性があった。エンハーモニックの響きのなかから現われてくる主題には、素朴な手触りがある。第3楽章は176小節以下(※譜例7)に注目した。

譜例⑦

ハ長調に転調した舞曲風の曲想だが、ここでも涼しげな弱音が基調。よく聴かれるような、のどかな牧歌風ではない。基礎となる和音はC-E-G-A。つまり19世紀末から20世紀初頭に流行した付加6度和音(※譜例8)

譜例⑧

丁寧に鳴らすと、この和音がもつ希望に諦めが混ざったような複雑な響きがする。今回の演奏を聴くまでドヴォルザークがこの和音を使用していることは気づかなかった。会場で目が覚めるような思いをした。終楽章も力みがない。精密なのだが、響きは一貫して機械的ではない。いわば産業革命以前の手工業的精密さとでも言えようか。やはりブラームス的に響いたのは、331小節。エオリア旋法に基づく属7の二転からフォルティッシモでE-Gis-Hへピカルディ終止しディアトニックでホ長調へ行く。ブラームスとドヴォルザークの取り合わせ、プログラムの意図はこのあたりにあったのだろう。

 

聴き古された名曲を新鮮な気持ちで聴くことができたよいコンサートだった。しかし、新世界の初日だったこともあるのかもしれないが、やや、指揮者が様子を窺うような遠慮した面もあった。本番を重ねると変わるかもしれない。あるいは楽員を制圧しないインキネンの性格に由来するのかもしれない。よく言えば民主的。悪く言えばやや妥協的とも言える。

 

現代の指揮者の成功条件は民主的であること。これは世界中の流れだ。かつてのように指揮者がトップダウンで楽員を手足のように動かす様はほぼ見られなくなってきている。日本では日本フィルを指揮しているラザレフくらいだろうか。こうした制圧型は、社会主義の崩壊に伴い、コミュニティのあり方としても古臭くなったことも関係している。ソビエト連邦の崩壊とオーケストラ音楽の民主化が時期を同じくしていることは偶然ではない。これからもこの流れは進むことはあっても、戻ることはないだろう。

 

しかし、現在のオーケストラ音楽の主たるレパートリーは19世紀音楽。民主制という手続きの正しさが制度としてもリアルになってきた時代だが、反面、19世紀音楽はそこから零れおちるような個人的でナイーブな真実を追求していた。世紀をまたぎマーラーやショスタコーヴィチにいたると制度の犠牲になった実存の根底からの叫びに発展した。手続きの正しさという面から見て民主制を否定することができないとしても、19世紀芸術は手続きの正当性が叫ばれるほどに逆にクローズアップされざるを得ない「個」にこそ核心があったのではないか。魅力的であればあるほど反社会的で、反道徳的で、破壊的なほどオリジナリティに突っ走ってしまう、そうした音楽。芸術の領域でまで手続きの正当性が叫ばれることは、芸術家が職業である以上不可避であるとしても、そうした手続きから生まれる音楽が音楽の本質を裏切ることになるのではないか、昨今のいかにも民主的なオーケストラ音楽に接するにつけ、その感覚を強くする。あるいは、そこから生まれる新しい価値があることに私たちがまだ気づいていないだけだろうか。プラハ響も組織に新しい風を吹き込むためにインキネンを招聘したはずだ。その試みは十分に成果を見せている。であれば、オーケストラ音楽はこの先どこへ向かうのか。それぞれのオーケストラが模索しつつの現状であるが、何らかのビジョンが求められる時期に来ている。

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