札幌劇場ジャーナル

【STJ第2号掲載】ふきのとうホール特集 (1)

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さっぽろ劇場ジャーナル第2号(2018年10月発行)で多くの反響があった「ふきのとうホール特集」。すでに配架用の在庫は尽きたので、紙面に掲載した特集を4回に分けてWebでも公開していきます。初回は当ジャーナル編集長がどのような経緯で六花亭が運営するふきのとうホールに注目したのかをお話します。どうぞお楽しみください。(事務局)


演奏者の心に手で触れることができる日本一の室内楽専用ホール

ふきのとうホールは日本一の室内楽専用ホールだ。ここではそう考えるようになった経緯について、ホールの紹介を兼ねてお話したい。ふきのとうホールは、2015年、札幌駅の南口に六花亭札幌本店の6Fにオープンした。7月にオープニングシリーズが開催され、名だたる名演奏家たちが出演した。このシリーズでモザイク・クァルテットを聴いた。モザイク・クァルテットとは、かのアーノンクールが率いていた古楽器のオーケストラ、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの主要メンバーで構成される弦楽四重奏団だ。古楽の権威といっていい。だが、筆者はかつて東京でこの団体を何度か聴いていたがその魅力があまりわからずにいた。小さい音でチマチマやってるという印象すらあった。だが、このふきのとうホールで彼らが演奏するベートーヴェンの弦楽四重奏曲を聴いてその印象は一新された。音が透明で、その透明な響きが丁寧に色合いを変えてゆくのがはっきりわかったのだ。ふきのとうホールの客席数は221。しかも、響きも豊かだが、レガートがだらしなく聴こえるような緩みは一切ない。明るく明晰な響きがする。ここで古楽器の室内楽を聴くと、演奏者が何をやりたい(やりたかった)のかがたちどころに理解できるのだ。同じことが何度も起こった。バロック・チェロの名手・鈴木秀美を聴いてもそうだった。ふきのとうホールは、室内楽専用ホールとしては、ことに古楽の室内楽を聴く環境としては間違いなく日本一だと考えるようになった。

清々しい空間のふきのとうホール(六花亭提供)

 東京で同規模で似た催しが開かれているホールと言えば、まず銀座の王子ホールの名前が挙がる。かつてモザイクQを聴いたのもここだった。ここは客席数こそ315で大きすぎることはないが、いかにも乾いた音がする。続いて白寿ホール(300席)。王子ホールよりはずっとよく残響も多いが、ここは響きの明晰さを欠く。トッパンホール(408)はさすがに優れた音響だが、今度は容積がやや大きすぎて古楽には厳しい。あちこち足を運んだが、ふきのとうホールを上回る室内楽専用ホールにお目にかかったことはない。道外の音楽ファンにもぜひその魅力を発信したいと思わせてくれる北海道の財産だ。ホールの運営はお菓子の六花亭。一般企業の音楽事業への貢献、特にホール運営という面に関しては、サントリーホールのサントリーに並ぶ快挙だと言える。また、ホールの催しが素晴らしい。主催公演では、このホールの魅力が存分に堪能できる選りすぐりの演奏家と選りすぐりのプログラムが常時提供されているのだ。どのような人物がホール運営に関わっているのか、当然興味が出てくるだろう。この特集では、ホールのアシスタントミュージックディレクターである櫻井卓さんと、六花亭の文化部の日浦智子さんにそのあたりのお話を伺うことにした。

 

古楽と家庭音楽について

お二方のお話に行く前に、そもそも古楽とは何か、なぜ小さいホールが合うのかなどについてお話したい。まず古楽とは何か。西洋音楽の楽器、つまりヴァイオリンとかホルンとかが現在演奏されている形になったのは、楽器にもよるがだいたい19世紀の末のことである。それ以前の楽器は、ピアノには金属のフレームはなく小さい音しか出なく、トランペットにはバルブがなく自然倍音しか出なかった。弦楽器の弦は羊の腸をねじってつくっており、当然弱いので強い音も出ないし変化しやすく管理も難しかった。現在のクラシック音楽の主要レパートリーはバッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス。彼らのそれぞれの時代で楽器の姿はそれぞれまったく異なっていた。古楽とは一言で言えば、その作曲家の時代に演奏されていた楽器を復元して演奏する活動のことだ。当然、楽器が違えば奏法も変わる。その研究を反映させたクラシック音楽のジャンルのことなのだ。現代の楽器との最大の違いは音の大きさ。大きい音がでないのだ。代わりに親密で温かい響きがする。これが古楽の特徴。

 次に家庭音楽についても触れる必要がある。家庭音楽とは主に19世紀に入ってから盛んになった分野のことなのだが、これを一言で言えばアマチュアが自分で演奏を楽しむための音楽のことと言ってよい。18世紀までは芸術音楽は王侯貴族の独占物であったがフランス革命以降、それが市民に開放された。さらに印刷技術の向上が重なり誰でも安価で楽譜を買えるようになった。こうして演奏を楽しむ音楽ファンが飛躍的に増えた。19世紀には、現在のようなプロ=演奏する側、アマチュア=聴く側という区別はなかった。音楽ファンとは自ら演奏を楽しむ市民のことだったのだ。家庭で演奏を楽しむための作品が大量に作曲された。アマチュア演奏家が手軽に演奏を楽しむためには小人数のための作品がちょうどよい。こうして家庭音楽の室内楽作品が大量に作曲されたのだ。19世紀末には、まだ休日に友人と弦楽四重奏を合奏して楽しむ音楽ファンがたくさんいたのだ。

 これが古楽と家庭音楽の簡単な概要。キーワードは音の小ささと親密さ。家庭音楽は大きなホールで演奏することを念頭に置いて作曲されていない。しかし、現在のクラシック音楽が演奏されるホールは例えば東京のサントリーホールや札幌のキタラ大ホールは2008席。キタラの小ホールも優れたホールだがキャパは453。古楽には広すぎる。こうした事情から、古楽の室内楽を聴くには200席程度の親密な空間が必要なのだ。もちろん、狭ければよいというわけではない。響きの明晰さがさらに重要である。さらに、古楽器の少ない響きでも十分に豊かに聴こえ、かつ濁らないのだから現代楽器の室内楽でも悪いはずがない。現代楽器の室内楽よりも演奏環境が難しい古楽の室内楽に最適だということは、ふきのとうホールは、無敵の室内楽専用ホールだということになるのだ。さらに、その環境を存分に満喫できる催しの数々。ふきのとうホールの優れた音響とそれを生かしたプログラムの秘密はどこにあるのか。六花亭はなぜ文化事業に力を入れるのか。それでは、ホールのプロデュースを担当される櫻井さんと、文化事業を担当されている日浦さんにそのあたりのお話を伺ってみよう。


シリーズ第1回目はこれで終了です。
第2回目は六花亭 文化部 日浦智子さんへのインタビューです。文化事業への想いと共に、六花亭のお菓子のおいしさの秘密も教えていただきました。ぜひご覧ください。(事務局)

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