札幌劇場ジャーナル

【STJ第2号掲載】ふきのとうホール特集 (4) 最終回

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さっぽろ劇場ジャーナル第2号2018年10月発行)で多くの反響があった「ふきのとうホール特集」。紙面に掲載した記事を4回に分けてWebで公開する企画の最終回は、ふきのとうホールのアシスタントミュージックディレクターである櫻井卓さんへのインタビュー後半です。話題はふきのとうホールのレジデンスアンサンブルであるクァルテット・ベルリン・トウキョウへ。連載の第1回目第2回目第3回目も併せてご覧ください。(事務局)


多田 次はクァルテット・ベルリン・トウキョウ(以下、QBT)についてお伺いします。今年の6、7月の2日連続のコンサートで3年間に渡ったレジデンスアンサンブルの任期は終了しました。ですが、その後さらに3年延長になったと伺いました。今後、どれくらいのペースで、どういったプログラムを取り上げていく予定でしょうか。

櫻井 回数としてはこれまで同様、春と秋に年2回のコンサートをやっていただこうと思っています。これまでずっとクァルテットだけのプログラムを2回開催していたので、今後はもし競演したい人がいて、可能であるならば、1日はクァルテット、もう1日は例えばピアノ五重奏だとか、あと2人足して弦楽六重奏とか、少し人数が必要でなかなかできない室内楽の曲ができると面白いですね。彼ら(QBTメンバー)に少し考えてみてほしいと言っているところです。そういう曲だと色彩もでてきますし、聴きやすさも少し加わりますよね。彼らの世界も広がりますし、お客様にもより楽しんでいただけるのではないかと思っています。

クァルテット・ベルリン・トウキョウ(六花亭提供)

多田 QBTの魅力について櫻井さんから一言伺えますか。

櫻井 まず、彼らの誠実な音楽作りというのですかね。それは、1stVn.の守屋さんの求道心と言いますか、音楽に対する向上心というか、作品を仕上げていくことへの集中力に支えられていると思います。あらゆるものに対して真摯に取り組む姿勢や探究心と、その反面、フレキシビリティもとても高いです。コンサートでは細川俊夫、クルターク、ウェーベルンなど、コンテンポラリーものを取り上げるだけでなく、ハイドンやバッハをわざわざクァルテットで演奏してみたりだとか。そして、聴いていて何よりも我々が嬉しいのは、そのすべての音楽にとても生命力があると言うのですかね、生き生きとしていますね。そう。そこの部分が、聴いていてワクワクする嬉しさというのでしょうか、喜びにつながっていて、すごく大きな魅力だと思いますね。クァルテットってキレイな音程だとか、縦がピシッと合っているとか、そういう部分はとても注目されますけど、やはり音楽を聴いていてワクワクするような躍動感がないと面白くない。彼らの演奏はいま生まれたばかりの新鮮な響きと生き生きとした生命力にあふれています。その点が大きな魅力だと思いますね。

多田 松本さん(Vc.)がすごく楽しそうに演奏している一方で、守屋さん(1stVn.)は厳格に弾いている。結構真逆なのに音楽はすごくうまくいっている。その辺りも彼らの音楽の魅力ですよね。

櫻井 ですよね。練習の時でも守屋君は自分を押し付けるようなことはあまり言わない。演奏で引っ張っていきますけど、2ndVn.とVlaの間を取り持っているのは松本さん、という感じがしますね。

多田 私もQBTの魅力ってやはり、さきほど「生命力」とおっしゃったように本当に生き生きとした、エネルギーが吹き出てくるようなところだと思います。それでいて流麗でキレイなんですよね。しかも、よく聴くと細部まで徹底的に詰められていて、ただノリでやっているだけには絶対にならない。

櫻井 ノリで流してパッと終わってしまう、ライブだからそれでいい、ということは絶対にやらないですね。彼らは練習時間が異様に長いんですよ。もう微に入り細を穿って、細かなニュアンスから全部積み上げていて、結果としてあの形になっている。そして最後の本番の勢いというか、流れでぱっとやる、それが彼らの演奏の醍醐味ですね。

多田 外国から有名な演奏家が来日してクァルテットをやると、あきらかに練習しないで本番だけやっているなというのを度々聴きます。それとは次元が違いますよね。

櫻井 やはり彼らは二歩も三歩も深く作品の中に入る。ある部分、ここの音楽監督をやってくれている岡山の思想の反映だと思います。

多田 私もすっかりQBTのファンなので、ふきのとうホールに来るお客さんの間でファンクラブなどができれば、ぜひ入会したいですね。

櫻井 ファンとの交流ですとか、レクチャーコンサートみたいなこともできたら面白いですね。

多田 ぜひよろしくお願いします。

(2018年10月1日 六花亭札幌本店にて)


インタビューに続いて、2018年6月30日、7月1日に開催されたQBTのコンサートレビューをお楽しみください。

 

クァルテット・ベルリン・トウキョウ コンサートレビュー

6月の30日と7月1日に、クァルテット・ベルリン・トウキョウ(以下QBTと略)のレジデンスアンサンブル、任期最後の演奏会が開催された。両日とも聴かせていただいたが特に初日の演奏が素晴らしく、その中でもハイドンとバルトークが印象に残ったのでそれを中心にレポートをしたい。

ハイドンの弦楽四重奏曲変ホ長調Hob.Ⅲ80。第一楽章の変奏曲。冒頭の主題、時間をかけてリハーサルを行ったときに出てくる整った透明な音がする。厳格なのだが聴いていて愉しい。主題部だけで、半終止のちょっとした間合いが洒落ていたり、演奏者が真剣に音楽を楽しんでいるのがよく分かる。変奏に入るとオブリガードに回る1st.Vn.が優しい。次の変奏でチェロに主題がくると今度はヴァイオリンが厳しい語調で付点を奏しチェロと対等に音楽をつくる。変幻自在なのだが、いつも核がはっきりしている。第4変奏でアレグロに入るところは本当に素晴らしかった。新しい対旋律を交え音楽が一新され2声、3声、4声と声部が増え、そのたびに音楽には嬉々とした表情を強めるのだ。なんて立派なアンサンブルなのだろうという感銘のうちに第一楽章が終わった。

第二楽章はロ長調。主調に対して増5度という遠隔調。楽章の始めに通常では考えられないH音が鳴る。これが、神秘の音がする。前の楽章がホ長調であればこのように意味深く鳴らす必要はない。変ホ長調で終わり次の楽章がHだからこそこの秘められた響きが必要なのだ。QBTは、ただ、「はい、次の楽章ね」では終わらせない。前後の関係性からどう響くべきかを徹底して掘り下げるのだ。この楽章は、書きたいことが溢れ出てくる。主題は2回繰り返されるが、2回目の最後に嬰ハ短調に転調する。転調を前に翳りの予兆のように静かになる。短調の哀しさがスッと心に入ってくる。ここの徹底した入念な音色のコントロールは、これまでどの演奏からも聴いたことがなかったものだ。心に突き刺さった。チェロの経過句によって主調の変ホ長調に戻るが、過ぎ去った増5度のロ長調の部分が夢か幻のように感じられた。

第三楽章はメヌエット。敏感なリズムに彩られた主部はホモフォニックで歌心に満ちている。中間部はフーガになるのだが、メヌエットの中の動機a(譜例1)が使われており統一感がある。

譜例1 ハイドン弦楽四重奏曲第80番Hob.Ⅲ:80 (第3楽章メヌエットの中間部トリオに使われているメヌエット中の動機a)

演奏も、リズムを大事にした一貫した雰囲気でサッと終わった。フィナーレへの前触れといったところだ。フィナーレはがっぷり四つに組んだ押し相撲。第2主題でももう変化球はこない。型通りの属調の変ロ長調。表題はスピリトゥオーソだが、展開部以降はどちらかというと、目まぐるしい転調の音色感を繊細な音色を失うことなく表出することを重視していた。大風呂敷を広げず丁寧な音楽がどこまでも誠実だった。

バルトークの弦楽四重奏曲第四番は、3年間のレジデンスアンサンブルの任期を締めくくるに相応しい演奏だった。第三番の書法をより無調に、より半音階的に押し進めた抽象度の高いこの作品を、どんな音楽であるのかただ聴いているだけでどんどん身体に入ってくるような共感に満ちた演奏で聴かせてくれた。冒頭、もの凄い粘着力だ。そのさなかに出てくるチェロの音形X(譜例2)が今度はリズミック。全体はf一つなのだが、このXはff。聴き手の意識に明確に刻みこまれる。

譜例2 バルトーク弦楽四重奏曲第4番のモチーフx

Xを全音階に拡大した第二主題は相変わらず抽象的な音楽だが、演奏は力が抜け民謡風に飄々とする。こういう対比のある音楽なのだと納得させられる。展開部では再び粘りに粘る。グリッサンドやトレモロで腸が捩れるような思いがする。

第二楽章もスリリングだ。艶消しの音の断片が高速で飛び交う。主部の終わりの共通音を避けた隣接する7つの音が精神の極限の緊張をもたらす。かつてセシル・グレイはこの不協和音について、人間がこれを楽しみうるとは思えないと評した。しかし、狭見というものだ。この演奏の抽象的な魂の乱舞を聴かせたい。トリオのカノンは演出されたものではない本質的な緊張が走りぬける。

第三楽章はぐっと幻想的。後年のバルトークが書いた「夜の音楽」のようだ。チェロのラプソディックな旋律が民族的に聴こえるのだが、驚くべきことにバルトークはここも共通音を避けた「配分法」で書いているのだ。そうとは聴こえないほどチェロが雄弁で訴えが強い。中間部はまるで鳥の囀りのように哀しく響く。

第四楽章は第二楽章と対比をなすが、今度はすべての音がピッツィカート。鮮やかなメリハリが効いる。すべてが鮮明だ。QBTで聴くと楽しい舞曲のように聴こえるから驚きだ。しかも最後の一音がお茶目だ。フィナーレは音形Xと、その全音階形、反行形が溌溂とする。音のパレットが豊かでまったく飽きさせない。瀟洒なレガート、俊敏な刻み、突如と介入する民謡調、激しさの極みだが有機的でどこか知的なコントロールが効いていることにも気づかされる。緊張感といっても、理性と激情が互いに綱を引き合いつつの緊張なのだ。それが流麗で美しい外観を決して離れることなく展開される。3年間の任期で徐々に獲得していったファンからも「任期中、最高の演奏だった」という声が聞かれた。

終演後、ヴァイオリンの守屋が挨拶をし「任期が3年延長になりました」と述べると会場から歓声が上がった。誠実な仕事を続け、この札幌の地で確実にファンを増やしてきたことがよく分かった。これから3年、また彼らの音楽をこのふきのとうホールで聴くことができる。絶対に聴き逃せない。


以上でさっぽろ劇場ジャーナル第2号に掲載した特集は完結です。

今後も当ジャーナルではふきのとうホールの主催公演に注目していきます。皆さんもぜひ一度足を運んでこのホールの魅力をご自身で体感していただけると嬉しいです。(事務局)

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