クァルテット・アルモニコ、演奏会
2018年5月26日 札幌、ふきのとうホール
しばらく活動を休止していたクァルテット・アルモニコがチェロに新しいメンバー、松本卓以を迎えての再スタートを切った。意気込みを感じさせる素晴らしいコンサートだった。一曲目はハイドンの弦楽四重奏曲第78番「日の出」。序奏部で、完璧にコントロールされた保属音に乗って優美な旋律が上昇カーブを描く。これを聴いただけでコンサートの成功を確信した。主部もメリハリが強く飽きさせない。現代楽器の機能を生かした21世紀のハイドンだ。だが、メヌエットは一転してバロック的。トリオへ先導するチェロの保属音B♭。これが、実にニュアンス豊かなのだ。低音が音楽をリードするバロックの通奏低音だ。この団体がチェロに松本を迎えたことは大成功だ。
二曲目はウェーベルンの弦楽四重奏曲のための6つのバガテルop.9。よほど周到なリハーサルを積み重ねたのだろう。細部まで自信に充ち溢れた演奏だった。わずかな小節でリテヌートとア・テンポを繰り返す緊密な書法の論理的構成を、厳しく引き締まった音色で完璧に再現して見せた。第3曲、アチェレランドを伴って上昇する上二声にクロスしながら旋律を引き継ぐチェロの鋭敏さ。紅潮した頂点から一気に鎮まるコーダ。第6曲、開始のぴったり半分のテンポへ徐々に遅くなる精密なテンポ感覚。スコアが目の前に見えるようなのだ。それにしても単純さを極めた俳句のようなウェーベルンの書法は本当に美しい。この単純さについてウェーベルン自身は「花の香り」というイメージを持っていたそうだ。だが、この日聴いた感触では、単純さが達成されるまでに削ぎ落とされた余剰たち、削ぎ落とされた屍の「死の匂い」を感じた。
後半はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3番」。第一楽章の主部が輝かしい。この作品でこれほどの輝かしさを出せる国内の団体は稀有だ。しかも荒々しくなる寸前で理知的にコントロールされている。第2楽章でニュアンスの豊かさを添えるヴィオラにも惹きつけられる。メヌエットでは、トリオで1st.Vn.がハ長調の主和音を上昇する。これをはじめ抑え、内声の16分を際立させ、クレッシェンドした頂点で4声ががっぷり四つに組む立体感。いずれも素晴らしい。フィナーレのフーガでは、ついに抑えきれなくなったメンバーの興奮が前のめりになって客席に襲ってきた。再出発を果たしたクァルテット・アルモニコから目が離せない。(多田圭介)
ミュージック・ペンクラブ・ジャパン 批評記事 Classic Review 2018年7月号掲載