札幌劇場ジャーナル

【STJ第6号掲載】特別エッセイ「古楽は新鮮!」(執筆:長岡聡季)

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さっぽろ劇場ジャーナル第6号の完成記念に、紙面に掲載している記事の一部をWebでも公開いたします。第一弾は、1~3面掲載のムジカ・アンティカ・サッポロのコーナーから、長岡聡季さん(教育大岩見沢校)のエッセイをご覧ください。(事務局)

ここ30年近くのバロック音楽や古典派音楽、初期ロマン派に至る演奏は、急速に様変わりしたように感じています。20世紀末、所謂「巨匠の時代」の幕引きと同じくして「古楽」という概念がクラシック音楽界に広く浸透するのに多くの時間はかかりませんでした。

古楽という言葉には、実にたくさんの意味が含まれていますが、ここでは、作品が作曲された当時の楽器や演奏習慣などの時代考証を行ったうえでの演奏、つまり「古楽演奏」についてお話していきたいと思います。

クラシック音楽作品の中でも、それこそ名曲と呼ばれるものは、長い歴史の間に幾度も幾度も演奏されてきました。同じ作品でも、演奏によって全く違う響きや印象になることもありますから、聴き比べもクラシック音楽愛好の最大の魅力の1つと言えるのではないでしょうか。しかし、誤解を恐れずに言えば、同曲異演が一般化している演奏は、ある種「マンネリズムとの戦い」である側面を持っていると思います。その観点から見ると、古楽が現代の演奏にもたらした恩恵は、私にはとても大きく感じられるのです。

私は1997年から2015年まで(途中にブランクを置きながら)、東京藝術大学に学生としてまた非常勤講師として籍を置いていました。この間、藝大の一角であった古楽科が、その存在感を瞬く間に発揮していったことを身近に感じました。私が学生だった頃より、日本を代表する古楽演奏団体であるバッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーを始めとした錚々たる古楽器奏者が古楽科の指導にあたっており、私自身もバロック・ヴァイオリンや、古楽アンサンブルの授業などを履修していました。そのころの日本では、古楽演奏はまだ主流ではなく、あくまでも私の印象ですが、先生方の指導からは、主流の演奏に対する強烈なアンチテーゼを感じることもあり、とても刺激的でした。また先生方は現役の古楽器奏者でしたから、音楽にたずさわる姿勢そのものから多くのことを学びました。古い理論書を翻訳して当時の演奏法を探ったり、まだ国内で入手が難しかった古い製法の生ガット弦(20世紀初頭まで主流だった弦楽器の弦で、羊の腸の筋をよったもの。現代流通する弦のほとんどは、金属やナイロン製)を個人輸入したり、作曲家の自筆譜コピーを海外の図書館から取り寄せ音符の検証をしたり…。古楽演奏とは、単に古い楽器を使って演奏することではなく、過去の作品の本質にあらゆる角度から迫ることなのだ、と身を持って知りました。研究の末、まるで別の命を吹き込まれたように作品が響く様は、古楽という呼び名とは反対の、新時代の演奏を目の当たりにしているようでした。これに虜にならない学生が少ない訳がなく、またさほど興味を持てなかった学生達にとっても、古楽を無視できない時代がすぐにやってきました。私が所属していた東京藝大に限らず、国内の音楽大学で古楽を学ぶことが一般化し、古楽を学ぶために世界中の学生が集まるような、強力な古楽部門を持つ大学へ留学する学生も増えてきています。

今や、質の良い生ガット弦は国内の通販で購入可能となり、主要な理論書や文献の日本語訳も増え、自筆譜・初版譜などの原典資料をインターネットで閲覧可能な時代になりました。私よりも若い奏者の多くは、古楽の存在をより身近に感じているのではないでしょうか。 

今世紀に入ってから、日本を含む世界中のプロ・オーケストラに、古楽団体で指揮を執っている指揮者が次々とポストを得、また客演しています。その傾向はブームを超えて主流となりつつあり、現代の楽器を使っているオーケストラであっても、楽譜の読み方や奏法次第で全く異なった響きが生まれ、過去の作品が鮮烈に蘇ることに対し、多くの聴衆が証人となりました。

現代のクラシック音楽演奏の主流の中にいつも古楽演奏からの影響が含まれている、と言っても過言ではなく、将来的にますます必然的なものとして演奏の伝統を創っていくと予想されます。なぜなら、得られる情報が増えている現代において、過去の作曲家の作品を演奏する際に、時代考証を行うのは作曲家へのリスペクトとして当然のことになりつつあるからです。どんな作曲家によって作曲されて、作曲当時はどんな活動をしていて、どのように演奏されることを想定していたか、などの情報は伝記などから得ることが出来ます。当時は楽譜がどのように読まれて演奏されていたか、は当時の教本があればヒントをつかむことが出来ますし、音楽の社会的機能がどうだったか、曲が書かれた地域は当時どんな状況で音楽以外の芸術はどのようなものが花開いていたか、などの社会的状況は、世界史を学ぶことで明らかになっていきます。過去の作品に対して演奏者が得られる情報の中に、自然と古楽演奏の要素が付随しているのは言うまでもないことです。古楽演奏が現代の演奏の主流に急速に取り入れられていった理由の一つに、演奏者がたくさんの情報を手に入れやすくなったことが挙げられる、と私は考えています。

演奏者は、楽譜という媒体に残された作品を音として響かせるとき、曲が創り出された時と同じような、或いは上回るようなエネルギーを持った音楽を、説得力を持って再創造しなければなりません。そのためには、楽譜だけではなく、付随するたくさんの情報から、曲が創られた時のエネルギーをよりリアルに想像することが大切になってきます。もちろん演奏者は、溢れる情報が想像力の足枷にならないように、情報をしっかり咀嚼しなければいけません。これからの演奏者には、そんな能力も求められるようになるのではないかと感じています。

近年、作曲当時の楽器を用いて演奏する複数の古楽演奏団体が、日本に新しく設立されたのも歴史の必然かもしれません。そこに集まる奏者たちは皆、音楽に強い拘りを持って取り組んでいるが故、「古楽」という言葉のイメージとは異なった新鮮な響きが満ち、新しい発見が待っていることでしょう。北海道にも日本国内の古楽団体が演奏に訪れていますが、地元に来年活動10周年を迎えるムジカ・アンティカ・サッポロの活動がしっかりと根付いていることをとても心強く思っています。札幌の皆さんが、古楽演奏の面白さ素晴らしさを体験し、音楽のさらなる魅力を発見してくださることを願ってやみません。


<著者紹介>

長岡聡季(Satoki Nagaoka)
ヴァイオリニスト・指揮者・博士(音楽)。東京藝術大学室内楽科博士後期課程修了。同大学室内楽科非常勤講師を経て、現在北海道教育大学岩見沢校音楽文化専攻准教授。イタリア、フランス、アルジェリア、韓国などの音楽祭に招かれるなど、国際的に演奏活動を展開。古楽器奏者としては、バッハ・コレギウム・ジャパンの国内外の公演や収録に参加するなどして活動の幅を広げている。

 

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