【STJ道外編】キーワードは野菜⁉─オペラdeミルフィーユ『シン・ジョヴァンニ』公演直前レポート(執筆:平岡拓也)
昨年2月、モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》で旗揚げした「オペラdeミルフィーユ」。千葉県に縁のある音楽家が中心となって結成され、団体名に入る「ミルフィーユ」も千(mille)の葉(feuille)ということで千葉にちなんでいる。旗揚げの《コジ》、小規模公演として行われたメノッティ《電話》に続くのはモーツァルト第2弾ということで《ドン・ジョヴァンニ》。本番直前の稽古風景を取材した。
そもそも「オペラdeミルフィーユ」とは? |
太田麻衣子×大山大輔、語る!
公演直前で熱を帯びる稽古の合間に、太田麻衣子(演出)と大山大輔(台本&レポレッロ役)のお二人に今回の舞台の様子やこだわりポイントを語っていただいた。
大山:キャスティングを進めていき、又吉秀樹さんにドン・ジョヴァンニをお願いすると決まった時点で、まずコンセプトは白菜だということになりました(笑)彼のこの宣材写真のインパクトは強烈ですよね。なぜそもそも白菜を持っているのかという話はまたどこかでするとして…又吉ファンや一部オペラファンの中ではこの写真はすっかり有名になってしまいました。
又吉さんは10月からテノール→バリトンに声種変更をされましたが、このオペラdeミルフィーユの《ドン・ジョヴァンニ》がオペラ公演でのバリトンデビューとなります。我々のキャスト発表の告知でも勿論白菜を持った宣材写真を使いましたが、本編でもこれをイジり倒します(笑)ただ白菜だけだとなかなか他に広げようがないので、ドン・ジョヴァンニを野菜ネタのギャグを言いまくるキャラということにしてしまいました。かなりシュールで謎な世界観になっていると思います。日本語の面白さを純粋に楽しんでいただけるのではないかと。
―歌唱は原語と日本語が混ざる形でしょうか。
大山:もともとモーツァルトが書いているレチタティーヴォ・アッコンパニャート(=伴奏付きのレチタティーヴォ)はすごく面白いんですが、なかなか音楽を専門で学んだ人以外にはダイレクトに伝わり難いというのが現実。そこで、レチタティーヴォ・セッコ(=通奏低音の伴奏のみのレチタティーヴォ)は日本語の台詞、レチタティーヴォ・アッコンパニャートは日本語歌唱、アリアや重唱など番号付きの楽曲は原語(イタリア語)というハイブリッド形式の上演にしています。アッコンパニャートのビート感や語感はイタリア語のそれを踏襲しています。これは《コジ》から一貫しているコンセプトですね。日本語の箇所はダイレクトに笑っていただけると思いますよ!
そして、ただ日本語にアレンジしているわけではなく、かなり今回は原作に忠実に台詞を散りばめています。《コジ》の際はコロナ禍のソーシャル・ディスタンスを前提とした読み替えだったので原作から離れた箇所も多かったですが、今回は戯曲から忠実にネタを拾っています。―今回はかなり多彩なキャストが揃いましたね。
大山:シリアスな役柄のイメージが強い工藤和真さんや、バロックから近現代まで幅広く大活躍の中江早希さんなど、幅広い歌手が加わってくれました。このキャストが思い切り「ふざけ倒す」舞台は必見ですよ!我々が持っていきたい方向性の中で、更にそこに絶妙に個性を加えてくれるので非常に濃い「ドタバタ」が起こっています。合唱の葉モリ隊も《コジ》よりもずっと大活躍で、ドラマ運びの中で重要な役割を担います。勿論万全のコロナ対策はしつつ、舞台全体を使った動きのある上演になると思いますよ。
―ドタバタや抱腹絶倒の中にも、人物像が丁寧に描き分けられているという印象を受けました。
太田:《ドン・ジョヴァンニ》は単なる「好色家が天罰を受ける」という話ではないので、彼(ドン・ジョヴァンニ)をただの「嫌な奴」にはしたくないんです。彼はただの女たらしというわけではなく、ある一つの信念が貫かれていて、その信念に惹かれて女性達が彼と結ばれてきたんです。 その代表的な存在がドンナ・エルヴィーラなわけですよね。 彼女は特別な存在として描かれている ので、舞台上のドン・ジョヴァンニとドンナ・エルヴィーラの関係性も、その特別さを感じられるようにしました。
―確かに、(原作でも描かれている)ドンナ・エルヴィーラとドン・ジョヴァンニの関係性の特別さは、他の多くの女性達と比べても、稽古を拝見しながらひときわ強く感じられました。
大山:ドンナ・エルヴィーラはブルゴスからセビーリャまではるばるドン・ジョヴァンニを追い掛けてきていますが、ブルゴスとセビーリャの距離を調べてみると700km弱もあるんですよ!この距離を追い掛けてきているって、相当の想いがなければできない芸当ですよね。勿論ストーカー的なものもあるんですが、二人が(一瞬とはいえ)いかに本気だったかをここに感じます。
今回の通し稽古取材では、全体を通して幅広く野菜ネタが散りばめられつつ、モーツァルトが劇中に織り交ぜた感情の機微が丁寧に表現されている という印象をもった。 その「丁寧な感情の機微』という点で、大山台本は下記の点で優れている。先述の通り日本語台詞・日本語歌唱・原語歌唱と様式的には3パターンが用いられているわけだが、日本語部分から原語歌唱に移行する際にほとんど違和感を感じさせない。日本語と原語のハイブリッド上演で時折生じるのが、原語の壁がもたらすこの「違和感」なのだが、オペラdeミルフィーユの上演では日本語・原語の接続が巧みなゆえにそれを生じさせないのだ。純粋に音楽だけをとってみても、この作品の大きな魅力である重唱をはじめとして充実した仕上がりになりそうだ。
稽古を観ながら吹き出しそうになったあれやこれをここでお伝えできないのが痛恨だが、ぜひ全容は10月21日に浦安で確かめていただきたい。なお、当日はなんとJA千葉みらいの協力により、会場では野菜の販売の試みも行われるそうである。現物の即売ではなくネットを利用した販売だそうだが、舞台上と現実世界を一つのアイテム(野菜)が橋渡しをすることになる。インスタグラムをはじめとしたSNSでも若い層向けの楽しい発信を次々と行っているオペラdeミルフィーユならではの特色ではなかろうか。上演と併せて、楽しみにしたい。
(取材・文 平岡 拓也)
【公演情報】
2022年10月21日(金)18:30開演(18:00開場)
オペラdeミルフィーユ《シン・ジョヴァンニ》
@J:COM浦安音楽ホールコンサートホール(JR京葉線・武蔵野線 新浦安駅すぐ)
指揮:松川智哉
演出:太田麻衣子
台本:大山大輔(原作:ダ・ポンテ)
ドン・ジョヴァンニ:又吉秀樹
レポレッロ:大山大輔
騎士長:氷見健一郎
ドンナ・アンナ:中江早希
ドン・オッターヴィオ:工藤和真
ドンナ・エルヴィーラ:柴田紗貴子
ドンナ・エルヴィーラの侍女:後藤真菜美
ヅェルリーナ:高橋愛梨
マゼット:杉尾真吾
葉モリ隊
加藤隼、西山詩苑、山本雄太
沖山元輝、倍田大生、宮下嘉彦、山田健人
コレペティートル:高橋健介、佐藤響
副指揮:湯川紘恵、山本音弥
弦楽:アンサンブル・ミルフィーユ
衣裳:AYANO
プロジェクションマッピング:荒井雄貴
舞台監督:井坂舞
<著者紹介>
平岡 拓也(Takuya Hiraoka)
1996年生まれ。幼少よりクラシック音楽に親しみ、全寮制中高一貫校を経て慶應義塾大学文学部卒業。在学中はドイツ語圏の文学や音楽について学ぶ。大学在学中にはフェスタサマーミューザKAWASAKIの関連企画「ほぼ日刊サマーミューザ」(2015年)、「サマーミューザ・ナビ」(2016 年)でコーナーを担当。現在までにオペラ・エクスプレス、Mercure des Arts、さっぽろ劇場ジャーナルといったウェブメディア、在京楽団のプログラム等にコンサート評やコラムを寄稿している。
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