札幌劇場ジャーナル

<緊急レビュー> 札響hitaru定期 “隠れた巨匠、円光寺雅彦の悲愴”(26/4/30@hitaru)執筆:多田圭介

円光寺雅彦が指揮した演奏会を聴くのはいつ以来だろうか。おそらくは26~7年ぶりだったと思う。札響では主催以外の公演や札幌以外の道内公演はちょくちょく振っていたようだ。だが札響だけではなく在京オケでも、定期などの主催公演にはあまり出演していないようだ(※注1)。それで聴く機会がなかった。果たして四半世紀以上ぶりに聴いた円光寺は紛れもなく「巨匠」になっていた。札響では聴いたことがないタイプの音楽だった。

(注1: 最近では2011-2019に名古屋フィルで正指揮者を務めている。1989-1999年は仙台フィル常任指揮者、1998-2001年は札響正指揮者)

よいときの札響は、例えば尾高は仕立てのよい礼服のような上質な音楽を奏でる。バーメルトなら精巧な工芸品のような精密の美だろう。だが円光寺が札響から引き出した音楽は、普段のこのオケとはまったく異なっていた。特徴を端的に言えば、壮大、雄大、スケール極大。「大」の漢字を何度連呼すればよいのか。だがそう言いたくなるほど、いかにも大きな音楽だった。だが決して肥「大」はしない。

呼吸の深さも尋常ではない。全楽員が円光寺と一緒に呼吸をしている。だからテンポを極限まで落としても音楽の流れが死なない。どんなに弱音でも歌が崩壊しない。オーケストラが心の底から歌っている。楽員たちが身体の内側から振り絞るように音を出している。こうなると縦が合っているかどうかなどは一切気にならなくなる。もとより指揮者がそんな表層に関心を示していない。音楽の「核」にしか視線を向けていない。余計なジェスチャーやパフォーマンスも皆無。ひたすら「音楽」に集中している。札響と縁の深い指揮者だとエリシュカはどうか。筆者が経験したかぎりだと彼にここまでの深い呼吸はなかった。秋山だってこれほどオケの音を変えてしまうことはなかったのではあるまいか。やはりこの系統の札響の演奏としては破格だったと考えざるを得ない。

普段の筆者は少々異なることを書いていることが多い。20世紀の終わりから21世紀にかけてオーケストラ演奏芸術は次の段階に入った、と。つまり、アーティキュレーションを細かくとり、リズムとフレーズをこれしかないというピンポイントに落とし込むと人工的で精密な美が出現する。一度それを知ってしまうともう20世紀には戻れない、と。だが円光寺はその意味では明らかに旧タイプ。しかし、本当によいものはスタイルの是非の議論など簡単に吹き飛ばしてしまうのだ。

札幌交響楽団提供

まずはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。ソリストは松田華音。だがどうにも指揮者とオケにばかり耳が奪われてしまう。ピアノの鐘の模倣に続いて、ヴァイオリンが、そしてチェロが熟した果物のような濃密な歌を聴かせる。なんとも言えない荘重な気配もある。そこにロシアの強豪オケのようにホルンの強烈なクレッシェンドが隈取りを取る。ホルンの上手さ(休憩中に確認したところ東響の上間善之だった)も凄いが、この堂々たる歩みは巨大タンカーのようだ。全楽章について言えることだが、歌が溢れてくるのだが、おおげさに嘆き節を歌っているのではない。おしつけがましくない。旋律がゆったりと大きな弧を描く。そのさなか、転調の色合いもまろやかな響きの中でちゃんと機能する。

円光寺はテンポの変化にも頼らない。それどころか転調や不協和の音を強調もしない。だがなめらかに、やはりあくまでも歌のなかでなだらかにクリアしてゆく。気づく人は気づくのだという、聴衆に対する信頼のようなものを感じる。このあたりも昔の巨匠のようだ。

モダンオケが古楽の語法を採り入れるようになって以降、こういう効果は過激に強調されるようになった。もちろん演奏がよければなんの問題もない。だが、その刺激性は「ここは転調するのだよ」と、分からない人にも力づくで分からせてやろうという聴衆への不信の態度と感じられることもある。21世紀に入った頃からこうした過剰な演出の演奏が増えたのは、古楽の語法の輸入など演奏史の発展の結果でもある。だがそれと同時に、ちゃんと分かる聴衆が減った、あるいは教養の崩壊の結果だったとも考えられる。昔の巨匠のようだというのには、このような背景がある。

第2主題の再現(297小節)ではまたホルンの深々とした吹奏が雄大な大地を思わせる。コーダに入る直前で大きくリタルダンドをかける(あとで確認すると336小節にrit.が書いてあった)。そこの深沈とした趣きも大家の風格だった。松田のピアノはやや窮屈に聴こえる箇所が多かったが、ピアノが裸になるmeno mosso(260小節)のあたりは、右手の旋律と左手のアルペジオの両方が克明に聴こえてきて、やはり他の箇所ではオケに負けてしまっていた部分はあったように感じた。元々力量はあるのだろう。

第2楽章も素晴らしい瞬間が連続した。特に単純な旋律が繰り返されるときの、伴奏でリズムを刻んでいる楽器の気配(24小節のCl等)、しみじみとした情緒、こうした端正なバランスを取るのは簡単なことではない。ともすればイージーになりやすいこの楽章できっちりと聴かせる。融けて姿が見えなくなるような儚げな甘さ、静けさ、こうした要素が自然と耳に溶け込んでくる。やはり呼吸の深さが凄い。テンポを落としても絶対に歌がなくならない。

だが最大の聴きどころは終楽章のラストだった。終わりの気配が漂い始める第2主題の再現のModerato(309小節)。音が上昇するときにほんの少しルバートをかけ、抑えようもなく万感が込み上げてくる(※譜例1)。そして最後のMaestoso(431小節)。ここでオケが怪獣の咆哮のような呻り声をあげた。オーケストラからこんな音を聴いたのは朝比奈隆以来のことだ。何が起きていたのか。実は、ffのコントラバスがほんの少しだけ先に出て(もの凄い粘り気のあるfffだった)、楽譜上はそれと同時のティンパニを、僅かに遅らせて最強打させたのだ(※譜例2)。そこへ胸がすくようなホルンの下降音型が重なる。こうなるとオーケストラ音楽を聴く喜びのすべてが詰まっているようなラストを迎えた。休憩中、頭がぼーっとしていたが、この演奏会の本編は後半の「悲愴」だった。

譜例1 全音楽譜出版社版(2022)より引用 (※クリックすると拡大できます)

譜例2 同上(※クリックすると拡大できます)

さて、後半。チャイコフスキーの「悲愴」は曲の外側からああやってこうやってと演出を加えると音楽は口を閉ざす。内側からドラマが湧き上がってこないと音楽にならない。結局、こういう曲は作曲家の心のなかに何があるのか、演奏者がそれをどう共有する(自分のものとする)のかに尽きる。円光寺の指揮で悲愴を聴くと、作曲者の心のなかには、否定と肯定がぶつかり合いながら渦巻いていたのがよく分かる。絶望しているのだが、ほんの僅かに現世での幸福を捨てきれてはいない。だが押しつぶされてゆく。そんなチャイコフスキーの頭の中を直接覗いているような悲愴だった。

札幌交響楽団提供

第1楽章、始まってすぐ、ファゴットからヴィオラに旋律が受け継がれると、sfが出てくる。クレッシェンドしてsfに入る前にほんの少しルフト・パウゼを入れた。そしてsf。肺の中の空気をすべて吐き出すかのような溜息。音楽はいま始まったところだが、絶望の溜息だった。主部のAllegro non troppoに入る直前の底が見えない崖に吸い込まれてゆくようなディミヌエンドとルバートももの凄い。主部の最初の主題の8分音符はメゾ・スタッカートだが、テヌート気味で音価を長めにとっている。他の箇所もそうだった。すべての音を長めにとって、そこに魂を吹き込んでゆく。徹底的に歌い込む。Un poco animandoもUn poco più animatoもテンポを変えない。ゆっくりと絶望が覆いつくしてゆくように。円光寺は金管が咆哮する1拍前に両手を広げる。そのたびにロシアの果てしない平原のように音楽が伸びてゆく。チャイコフスキーでこういう雄大さを感じたのはスヴェトラーノフ以来。

第2楽章の5拍子のワルツのおっとりとした上品な美しさも楽譜や理論を忘れさせてくれる。柔らかく微笑んでいるのだが内心では絶望しているような何とも言えない味わいがある。だがあくまでも淡々としている。芸術の奥義のようなワルツ。スケルツォも再びタンカーのような巨大さ。岩の塊が押し寄せてくるようなド迫力に高まる。しかもずっと同じテンポ。だが最後の最後に(LL)で少しだけ加速した。円光寺が身体を左右にゆすっている。じきに訪れる終焉の前の最後の楽しみのようだ。

もちろんクライマックスは終楽章。弦の鳴りっぷりが凄まじい。だが常に内面の支えがある。うるさくならない。反対に弱音の儚さはどうだ。ただ弱いだけの音は一つもない。今この音がここで存在しているのが奇跡だと云わんばかりの感動に満ちている。弱音といえばバーメルトも凄い。だがバーメルトの弱音は1ミリ以下の違いを聴き取れという圧力をかけてくる(大好きだが)。それに対して円光寺が奏でる弱音は漂うようで人間の手を離れている。クライマックスでは個々の楽器、パートの表現力がいよいよ増す。深い闇に吸い込まれるように、崩壊の予感が実感に変ってゆくように、音楽が打ち震えていた。

終楽章の主題には、この主題が出てくるたびに上昇音型のアウフタクトがついている(※譜例3)。それの濃密な響きにもため息が出る。ほとんど嗚咽のようだった。スコアを見ると、聴覚的には音階を上昇しているだけにも聴こえがちだが、4つの声部が上昇と下降の跳躍を交錯させながら上昇している。ただ順番に音を並べるとなだらかになってしまうからではないか。よほど複雑な感情が刻まれているのだろう(もちろん、譜例3の次の小節の様に第4楽章の最初の主題がすでにそのような交差構造になっているのだが)。だがそんな引き千切れるような音がこの箇所から聴こえたことはかつてあっただろうか。思い出せない。このアウフタクトは主題のたびに何度も出てくる。途中から通常の順次進行になるのだがそれでも濃密さは最後まで同じだった。

譜例3 全音楽譜出版社版より引用 (※クリックすると拡大できます)

円光寺と札響は最後の最後、コーダに至ってもまだない交ぜになった感情を吐き出し続ける。だが幾度となく襲い掛かるsfがすべてを押しつぶしてゆく。凄まじいドラマだが、円光寺は楽譜に書いていないことは何もやっていなかったはずだ。ただ書いてあることを、深い呼吸で歌いぬいてゆくだけ。演出は皆無。それだけで広い空に寂寥の音(ね)が吸い込まれてゆく。空虚感、無力感がホールを覆いつくす。ここはチャイコフスキーが辿り着いた終着点なのだと有無を言わせずに説得される。これを至芸と言わずして何と言おう。

さて、円光寺の極まった大家の音楽だが、20世紀にはこの手の指揮者はけっこういたものだ。だが今は奏法や音楽観の変化ももちろんあるのだが、それと同時に、コミュ力や政治力がものをいう。それに指揮台でのパフォーマンス系が奏者や事務方、それにファンの歓心を買いやすい。こういう愚直タイプは埋もれやすい傾向が間違いなく強まっている。だが虚心に「音だけ」に耳をすませてほしい。誰が深く心を揺さぶる音楽をしているか。多くのクラシック音楽のファンは、<重要なポストを得ているから>、<ヨーロッパで評価されているから>、<コンクール歴がすごいから>、こうした音楽「外」の要素で先入観を持って演奏を聴きすぎているのではないか。ただ音だけに耳を傾ける。これを徹底するだけで私たちはそんなに間違わないはずなのではないか。指揮者というのは一般のファンが思っている以上に、実力と同じくらい(場合によってはそれ以上に)コミュ力や政治力でポストが決まる。今は特にその要素が強くなっている。そういう職業だというのは知っておいて損はないと思われる。主要な公演だけを見ていると目立たなくなっていたかに見える円光寺が着実に自分の音楽を深めて、巨匠の域に達していた。そのことから学ぶべきことは多いように思う。

もちろんこの1回で円光寺の評価を決定するのは尚早である。だが今後複数回このレベルが続くとすれば、筆者のなかでの現代の最高の指揮者の数人の中に間違いなく円光寺雅彦も入ることになる。そのくらいのインパクト、そして何より感動を与えてくれた。またぜひとも主催公演に招聘してほしい。彼の芸術の到達した地点、これをより多くのファンに経験してほしい。そして録音も残ってほしい。切望せずにはいられない。

(多田圭介)

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