札幌劇場ジャーナル

【特別寄稿】いざ来ませ、異邦の民の救い主 -音楽のアドヴェント・カレンダー 2023年ver.<前篇>(執筆:武尾 和彦)

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はじめに

11月終わりか12月の初め、めっきり夜が長くなり、寒さも日増しに厳しくなる頃、教会暦ではアドヴェント(待降節)を迎える。教会暦の新しい1年の始まりである。

アドヴェントは1225日クリスマスの4回前の日曜日から始まる(2023年は12月3日)。イエス・キリストの誕生(それは自分の心に救い主を迎え入れることでもある)を待つとともに、キリストの再臨をも覚え、心の準備をする期間である。教会やキリスト教学校等ではアドヴェント・クランツ(樅の枝を王冠状に編み、そこに4本のろうそくを立てたもの)を飾り、日曜日が来るごとにろうそくに1本ずつ火を点してゆく。また、家庭ではアドヴェント・カレンダーを飾り、1日ごとに窓を開けて指折り数えるようにクリスマスを待ち望む。アドヴェント・カレンダーは北欧ではユール・カレンダーとも称し、この間テレビやラジオなどで連続企画の放送があるとも聞いている。そこで本稿を「音楽のアドヴェント・カレンダー」とし、以下ではアドヴェント第1日からクリスマスの前日まで、11曲ずつアドヴェントにちなんだ作品を紹介していきたい。同じ作品が重複しないように選んだ。また、アドヴェントの期間は年によって異なるが、最大28日間あるので、今後も毎年使えるように28日分用意した。(  )内の日付は今年2023年のカレンダーに対応している。なお音源はCDとして流通しているものを選んだが、サブスクリプションやYouTubeで視聴できるものもあるので、適宜そちらをもご参照いただきたい。

1日 待降節第1日曜日(12月3日)

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1715)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》BWV61
カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団(UCCA-9035)

1714年、バッハがヴァイマール宮廷の待降節第1主日礼拝のために書いたカンタータ。この曲の最大の聴きどころは冒頭合唱曲である。付点音符の荘重な部分に速いフーガ風の音楽が挟まれる、いわゆるフランス風序曲の形式に、後述のマルティン・ルター作のコラール「いざ来ませ、異邦の民の救い主」が組み込まれるという、画期的なアイディアの楽曲である。フランス風序曲は王の入場に用いられるため、この曲もイエスという新しい王の到来を象徴すると解釈される。同時に、付点音符は鞭打ちを象徴する音型でもあり、《マタイ受難曲》第51曲のイエスの鞭打ちの場面でも同様の厳しい付点音符が用いられている。バッハはイエスの誕生は受難に繋がっているという意味も込めてこの曲に付点音符を伴うフランス風序曲の形式を採り入れたのではないか、というのが筆者の考えである(バッハは《クリスマス・オラトリオ》でも受難コラールの旋律を用いてクリスマスは受難に繋がることを表している)。この付点音符の荘重さ・厳しさには、リヒターの一点一画をもゆるがせにしない折り目正しい演奏がふさわしい。

2日 月曜日(12月4日)

グレゴリオ聖歌《いざ来ませ、異邦の民の救い主》
フーベルト・ドップ指揮ウィーン・ホーフブルクカペルレ・コーラルスコラ(DECCA 4784671)

Veni Redemptor gentiumで始まるラテン語の歌詞は、ミラノの司教アンブロジウス(340頃~397)が旧約聖書「詩篇」第80篇に基づいて作ったと伝えられ、旋律は12世紀ごろのものと考えられている。音楽は4つのフレーズに分けられるが、第2と第3のフレーズで音域が高くなるところにほのかな高揚が感じられる。

3日 火曜日(12月5日)

マルティン・ルター(1483~1546)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》
マルガレータ・コンソート(NAXOS 8.551398)

宗教改革者マルティン・ルターがアンブロジウス作の聖歌をドイツ語に翻案し、会衆もともに歌えるようにした、アドヴェントの代表的なコラール(日本では『讃美歌第二編』96番、『讃美歌21229番)。1524年に出版されたプロテスタント最初の讃美歌集『エアフルト提要』と『ヴィッテンベルク讃美歌集』に収められている。もとのグレゴリオ聖歌に比べて旋律線の抑揚が大きく、特に「Heiden=異邦の民の」の語で4度上の音へ跳躍するあたりは、心までもが天に向くような感覚を覚え、ルターの非凡な音楽的才能が窺える。なお、当録音はグレゴリオ聖歌から始まり、ミヒャエル・プレトリウスのモテットなどを挟んで、最後に4声体のコラールが歌われる形で演奏されており、グレゴリオ聖歌とコラールが興味深く聴き比べられる。

4日 水曜日(12月6日)

作曲者不詳《いざ来ませ、異邦の民の救い主》
ピーター・フィリップス指揮タリス・スコラーズ(Gimell CDGIM017)

英国のソールズベリー修道院に伝わる、いわゆる「セイラム聖歌」の中の1曲。グレゴリオ聖歌と同じくアンブロジウス作のラテン語の歌詞によって歌われるが、旋律はグレゴリオ聖歌と異なる。グレゴリオ聖歌よりも歌われる音域が広く、特に歌い出してすぐ5度上に跳躍する音型が救い主の到来への待望感を表しているかのようだ。タリス・スコラーズの純度の高い歌唱で聴こう。

5日 木曜日(12月7日)

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》BWV62
鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン(BIS BIS-SACD-1451)

1724年、バッハがライプツィヒ聖トーマス教会の音楽監督に就任して2年目の待降節第1日曜日のために書いたカンタータ。冒頭合唱曲はBWV61と同じくルター作のコラールに基づくが、こちらは協奏曲風のリトルネッロ形式、どこかヴィヴァルディを思わせるイタリア様式の音楽だ。このカンタータの聴きどころは第2曲テノールのアリア。ト長調、舞曲のパスピエのリズムに乗って、救い主が純潔な処女から生まれる神の奇跡への驚きが歌われる。朗々たるメリスマがいかにもクリスマスを前にした晴れやかさを感じさせ、バッハのカンタータの中でも筆者が特に好きなアリアの一つである。この晴れやかさには櫻田亮の明晰なディクションと明るい声がふさわしい。音楽と言葉の関係を極限まで追求した鈴木雅明/BCJの演奏はバッハが音楽に込めたメッセージが明瞭に伝わってくる。

6日 金曜日(12月8日)

ミヒャエル・アルテンブルク(1584~1640)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》
リオネル・ムニエ指揮アンサンブル・ヴォクス・ルミニス(Ricercar MRIC376)

アルテンブルクはドイツ、テューリンゲン地方の町エアフルトで活動した牧師であり音楽家でもある人物。当作品は6声のモテットとして作曲されており、前半はコラール旋律が次々と模倣されるポリフォニックな音楽、後半はホモフォニックに進行する。この録音ではオルガンの即興演奏なども入り、最後はユニゾンでコラールが歌われ、当時の礼拝の様子が彷彿とされる。

7日 土曜日(12月9日)

ニコラウス・ブルーンス(1665~1697)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》
鈴木雅明(オルガン)(BIS BIS-2271)

ブルーンスはドイツ、フーズム近郊に生まれ、ディートリヒ・ブクステフーデにオルガンを学び、リューベックやコペンハーゲン等の教会のオルガニストを務めた音楽家。早世したため残された作品はそれほど多くないが、どれも非凡な才能を感じさせるものばかりだ。当作品はルター作のコラールによる幻想曲。静かに始まった作品が次第に熱を帯びてゆき、終盤は定旋律が力強くペダル声部に現れる。当アルバムは鈴木がイェール大学宗教音楽研究所とともに制作しているブルーンス作品集の第1巻。使用している楽器は同大学マーカンド・チャペルにあるチャールズ・クリングバウム製作のオルガン。

8日 待降節第2日曜日(12月10日)

ゴットフリート・アウグスト・ホミリウス(1715~1785)《見よ、主は幾千の聖人たちと共に来られる》HoWVⅡ.3
ミヒャエル・アレクサンダー・ヴィレンズ指揮ケルン・アカデミー(CPO 555278)

ホミリウスは今のザクセン州に生まれ、ライプツィヒでバッハに師事した。ドレスデン聖母教会ほか、ドレスデンの3つの教会の音楽監督を歴任し、多数の教会音楽作品を生み出した。当作品は1776年ごろに書かれた待降節第2日曜日のためのカンタータ。新約聖書「ユダの手紙」14-15節に基づき、主の再臨と裁きに備えることを説く。いかにも主の到来を表すような行進曲風の冒頭合唱の後に、古典派オペラの一節を聴くような軽快なアリアが続く。時代の好みを如実に反映した教会音楽。

9日 月曜日(12月11日)

ミヒャエル・プレトリウス(1571~1621)《一輪のバラが咲き》
ハンス=クリストフ・ラーデマン指揮ドレスデン・カンマーコーア(Accentus Music ACC30505)

日本では「エサイの根より」(『讃美歌』96番、『讃美歌21248番)の名で親しまれているアドヴェントの讃美歌。もともとカトリック教会のマリア讃歌だったが、プレトリウスが1609年『シオンのムーサたち』第6巻にドイツ語の歌として収録する際にマリアからイエスに焦点を移し、以来プロテスタント教会でも歌われるようになった。歌詞は代表的なメシア預言の一つである旧約聖書「イザヤ書」111節に基づき、旋律が高い音から始まって次第に下降してゆくあたりは、降誕を象徴しているかのようである。今日から3日間はこの歌に基づく作品をご紹介しよう。

10日 火曜日(12月12日)

メルヒオール・ヴルピウス(1570~1615)《一輪のバラが咲き》
ハンス=クリストフ・ラーデマン指揮ドレスデン・カンマ―コーア(Accentus Music ACC30505)

ヴルピウスはドイツ、テューリンゲン地方の町ヴァズンゲンの生まれ。歌手・教会音楽の作曲家として、ヴァイマールのカントルの職などを務めた。曲は4声のカノンとして作曲されており、冒頭の高い音の音型が折り重なってゆく様には天的な美しさを感じる。なお、当アルバムは近年教会音楽の録音に意欲的に取り組み顕著な成果を挙げているラーデマンの、プレトリウスとその周辺の作曲家のクリスマス音楽を集めた2021年最新録音。

11日 水曜日(12月13日)

ヨハネス・ブラームス(1833~1897)《一輪のバラが咲き》作品122-8
クリストフ・アルブレヒト(オルガン)(Deutsche Schallplatten 32TC-255)

ブラームスが亡くなる前年に作曲した「11のコラール集」の1曲。定旋律がブラームス得意の変奏曲よろしく美しく姿を変えて奏でられるが、半音階と「ため息音型」が多用されるため独特の翳りを帯びている。作品122は全体として「最後を想う」曲でまとめられているので、この曲も終末と再臨に備えるアドヴェントとしての意味があるのかもしれない。この録音にはベルリンの聖マリエン教会にあるヨアヒム・ヴァーグナーが171921年に製作した歴史的オルガンが用いられている。

12日 木曜日(12月14日)

作曲者不詳《来ませ、おお英知よ》
ゴシック・ヴォイセズ(Linn Records CKD591)

日本では「ひさしくまちにし」(『讃美歌』94番、『讃美歌21231番)の名で知られているアドヴェントの讃美歌。救い主を神の知恵ととらえ、その到来が近いことを喜べと告げる。リフレインの「GaudeGaude!=喜べ!喜べ!」の部分の高揚が、救い主の誕生への期待を感じさせる。グレゴリオ聖歌のメロディだが、ここでは15世紀英国で歌われた形で演奏される。ゴシック・ヴォイセズは歌手で音楽学者のクリストファー・ペイジによって創設された声楽アンサンブルで、1115世紀の音楽を主なレパートリーとする。当アルバムは中世の英国で歌われていたクリスマスの歌を集めた珠玉の1枚。

13日 金曜日(12月15日)

ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンク(1562~1621)《見よ、おとめがみごもって男の子を生む》SwWV181
ハリー・ファン・デル・カンプ指揮ジェズアルド・コンソート・アムステルダム(GLOSSA GCD922411)

17世紀初頭のオランダで活躍し、その音楽の美しさや即興演奏の見事さから「アムステルダムのオルフェウス」と称されたスウェーリンクが1619年に出版した『カンツィオーネ・サクラエ』の中の一曲。代表的なメシア預言の一つ旧約聖書「イザヤ書」714節をテキストとする。次々と現れる声部の模倣が美しい。躍動感にあふれる「アレルヤ」も聴きものだ。

ハリー・ファン・デル・カンプとジェズアルド・コンソート・アムステルダムはスウェーリンクの声楽作品全曲の録音という偉業を成し遂げた。

14日 土曜日(1216日)

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750)《いざ来ませ、異邦の民の救い主》BWV661
小糸恵(オルガン)(Claves KKC-4195/9)

バッハは「ライプツィヒ・コラール集」と呼ばれる18曲のコラール前奏曲の中にルター作の同コラールに基づく作品を3曲残している。このBWV661は上3つの声部が堅固なフーガを展開し、ペダル声部が定旋律を演奏する、3曲の中で最も力強い作品。この曲は京都生まれでスイスを拠点に活動し、欧米での評価が高い小糸恵の重厚な演奏で聴きたい。使用している楽器はドレスデン、ホーフ教会のジルバーマン・オルガン。

(武尾 和彦)

 

編注:前半はここまで!「いざ来ませ、異邦の民の救い主 -音楽のアドヴェント・カレンダー 2023ver.」(武尾和彦)の後半は、待降節第3日曜の12/17の前日、12/16に公開しますね!お楽しみに! → 後篇を公開しました!こちらからお読みいただけます。


<著者紹介>

武尾 和彦(Kazuhiko TAKEO)

青山学院大学文学部卒業、同大学院修了。高校生の時から教会でオルガンを弾き、大学では聖歌隊に所属し学生指揮者を務め、以来教会音楽に親しんできた。現在、キリスト教系の学校で教鞭をとる。

 

 

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武尾さんの過去記事はこちら

【特別寄稿】今に生きる受難の物語‐武尾和彦が聴く受難曲(執筆:武尾 和彦)

 

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