札幌劇場ジャーナル

<特別エッセイ>日本でのオペラの現在、過去、未来に思いを馳せて(執筆:中村敬一)

STJセレクト

この記事は「さっぽろ劇場ジャーナル」第11号のオペラ演出特集からの抜粋です。北海道二期会「こうもり」(2024年11月23/24日)とKitara主催「竹取物語」(2024年12月7日)の両公演の演出を担当された中村敬一さんに演出コンセプトについて書いていただきました。両公演とも会場や札幌の土地の特性を生かした素晴らしい演出だったのでぜひと中村さんに打診して実現しました。公演を思い出しながらお読みいただけますと嬉しいです。(多田)

首都圏でも中々オペラの公演の客席が埋まらない。……上野(東京文化会館)で4回公演がいつでも満杯になったのも昔日の感だ。しかし、よく考えてみればキャパシティ2303席。これがソルド・アウト~売り切れて四日間公演できても入場者は10,000人弱しかいない。

一方、オペラ以外のイベントでは、ドームが満杯になるわけだ。東京ドームは観覧席の客席だけで約43,500人、ライブやコンサートなどを開催する際には、グランドにも客席を特設すると最大50,000人ほどを収容できる。エスコンフィールドHOKKAIDOなら35,000人ほどだろうか? 野球の試合にしろ、ライブコンサートにしろ、其処に集る人々の数と比べれば、なんとオペラのファン~オペラ人口は少ないことだろうか!

そういえば新国立劇場が出来る前、二国(「新国立劇場」が正式な名称に決まる前は「第二国立劇場」と呼ばれていた。一つ目は現在建替え予定で閉館中の三宅坂の「国立劇場」だ)の準備室の役人がちょうど、留学先のウィーンに視察に見えて、その折「実質、首都圏、東京でオペラに確実に集るのは7,000人くらいと読んでいます」と口にされていたのを思い出す。まさにその通りで、現在でも新国立劇場のオペラパレスのキャパシティは1,806人で、一演目が5公演ほど。つまりソルド・アウトで9,000人ほどだ。どんなにクオリティの高い公演を用意してもオペラファン10,000人ほどしか集らない首都圏……。しかも、観客の高齢化もあって、現在では、それも少しずつ減ってきているのが実情だ。

戦後1950年代から60年代にかけて、労音などの鑑賞団体がオペラ上演も行っていた。労音~勤労者音楽協議会~の地域組織は192箇所に及び、60万人を超える組織となり、全国的なネットワークとして2週間から1ヶ月にも及ぶロングラン・オペラ公演を打つ時期もあった。「椿姫」「カルメン」「魔笛」「フィガロの結婚」「蝶々夫人」など名作オペラを人々が安く鑑賞することができ、阪神甲子園球場や大阪スタヂアムでの野外オペラ「アイーダ」なども話題になったのがこの頃だ。これらはオペラファンの底辺を広げる大きな力となり、それを追うように1956年に第1NHKイタリア歌劇団の公演がNHKの放送開始30周年記念事業で開催され、それから1976年の第8次公演までつづく。まさに日本の高度成長時代と歩みを併せるように錚々たるメンバーが来日した。~ステッラ、トゥッチ、テバルディ、ギネス・ジョーンズ、スコット、カパリエ、カバイヴァンスカ、シミオナート、コッソット、デル・モナコ、タリアヴィーニ、ベルゴンツィ、パヴァロッティ、ドミンゴ、クラウス、カレラス、夕ディ、ゴッピ、プロッティ、ブルソン、カプッチッリ、ギャウロフ。まだ、字幕のなかった時代、オペラの上演に多くの観客が胸をときめかした「オペラの熱い時代」だった。

残念ながらオペラは今、誰もが楽しむ娯楽の選択肢には入っていない。だとすれば首都圏で云えば10,000人ほどのオペラファンを引き留めるのが我々の仕事ではなく、つまり新しいオペラの観客を切り開いていくことが求められている。それまでオペラに足を運んだことのない人々が東京ディズニーランドや東京ディズニーシー、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンあるいはメイキング・オブ・ハリー・ポッターのワーナーブラザーススタジオツアー東京に行く代わりに、オペラを観に来たくなるような公演が必要だ。オペラ劇場というテーマパークに入ったら、あっという間に時間が過ぎ去り、何の下調べも、何の説明がなくても、楽しくて、ワクワクして、ちょっぴり感動して、ほろりと涙が頬を伝うような時間。「また来てみたい」「次は友達や恋人を連れてきたい」そんな舞台を造り続けなければいけないのに、少しばかり、オペラの世界は内向きになっていないだろうか?オペラ好きの為のオペラが多過ぎはしないだろうか?オペラの劇場に来たことのない観客を呼び込み、そのオペラ体験で「また来てみたい」「次は友達や恋人を連れてきたい」と思わせる公演!その為ならオペラ関係者は、どんな努力も惜しむべきではない。演奏家や演出家のやりたい演奏や演出を押しつけるのではなく、観客の求める「オペラ」を用意することが今こそ求められているのではないだろうか。

それなら求められるのはどんな公演なのか?「フィガロの結婚」にしても「魔笛」にしても、「音楽」がついているから「話し」に古さを感じないし、むしろ新しさを感じ取ることができる。今更、原作のボーマルシェの『フィガロの結婚』を観たいと思うのだろうか? 観客は「言葉」と「音楽」とが結びつき、「芝居」でもなく「音楽」でもない何かに心ときめかせたいのだ。「ある時代」と「ある場所」が劇場空間に拡がり「ある人々」がその中で「ある人生」を生きる。それを劇場のプロセニアムの向こうから垣間見るからこそオペラというテーマパークの中に没入できるのだ。オペラ演出の肝は、実は「言葉」と「音楽」から生まれる感性に訴えかける、ある意味「非論理的な何か」を舞台の上に実現させていくことなのかもしれない。それが実現すればRegietheater ~レジー・テアターあるいはMusiktheater ~ムジーク・テアターの「読み替え」であっても、「オーソドックスな演出」の(という言葉も手垢にまみれてしまったが……)今秋、ウィーン歌劇場が持ってくる「ばらの騎士」のような55年以上前に初演されたオットー・シェンク演出の絵に描いたような美しい舞台であっても構わないだろう。

昨年は札幌市教育文化会館で地元の北海道二期会創立60周年記念公演として上演されたヨハン・シュトラウス二世の「こうもり」、そしてびわ湖ホールと札幌コンサートホールKitara の共同制作で沼尻竜典作曲の「竹取物語」を上演する機会を得た。

「こうもり」ではウィーンの佳き日々の香りをオリジナルのドイツ語の歌唱で名曲の数々に乗せて届け、それを風刺の効いたテンポの良い日本語の台詞と組み合わせ、「竹取物語」では、コンサートホールならでは響きの洪水の中に普段のKitara とは全く違った舞台空間を、どちらもプロジェクション・マッピングの力も借りて創り出すことに腐心した。難しい理屈や理念ではなく親しみ安い話を劇場という空間に羽ばたかせて、「こうもり」では笑いを「竹取物語」ではそれに加えてほろりとした涙さえ用意したいと考えた。

北海道二期会創立60周年記念公演「こうもり」(C)n-foto LLC

「こうもり」では、看守役フロッシュ~底なしの呑兵衛という意味でカエルと云う名前~に北海道旭川市出身のタレントの小橋亜樹さんを起用した。ト書きにはない第一幕から登場させ、第三幕では彼女の持ち歌「毎日が酔酔日」を歌いながら客席からの登場、話術で人々の笑いを誘い会場を札幌の日常にどっと近づかせると、しかし舞台によじ登るや「ウィーン、わが夢の街」を歌い緞帳の裏に消え去り、再び「こうもり」の時代と場所に戻らせる。フロッシュによって現代の札幌とオペラの時代のウィーンを巧みに橋渡しさせていった。

小橋亜樹さん演じる看守役のフロッシュ(C)n-foto LLC

また「竹取物語」では、求婚者たちの「嘘」を大袈裟にデフォルメしたあとに最後の求婚者の石上麻呂足(いそのかみのまろたり)が子安貝を取ろうとして落下して命を落としたことを使者のボーイソプラノの声が伝えると、舞台の様相をがらりと一変させて第1部を終える。休憩後の後半は、かぐや姫の素性が次第に明かされていき、最後には月の世界からの使者の到来で、引き裂かれるように月に引き戻されるところでは、一転して翁(おきな)媼(おうな)との別れ、帝(みかど)との別れが主題となり、舞台上では何回も現われる映像の月が、刻々と大きさと表情を変えかぐや姫の心を投影していく、最後は強烈な光りの力で彼女が連れ去られることをプロジェクション・マッピングの力も借りて表現させた。ここまで来てバカ騒ぎとも言える求婚者たちの笑いは別れの涙への為の序章だったことが知れる。客席では思わず涙を拭う人々の姿が見られた。

札幌コンサートホールKitara主催「竹取物語」/ 提供:札幌コンサートホール ⒸHiroharu Takeda

いずれにしても、そこで目指したのはオペラ好きの為のオペラではなく、初めてオペラを経験した人々の心に残る舞台をと創り上げたつもりだが、札幌の皆様にはどのように映ったであろうか。「また来てみたい」「次は友達や恋人を連れてきたい」という舞台になっていたら演出家冥利に尽きるのだが。

(中村敬一)


<著者紹介>

中村敬一(Keiichi NAKAMURA)

オペラ演出。東京都出身。武蔵野音楽大学で声楽を学んだ後、文化庁派遣在外研修員としてウィーン国立歌劇場にてオペラ演出を研修。ジローオペラ新人賞、大阪舞台芸術奨励賞受賞。新国立劇場、びわ湖ホール、兵庫県立芸術センターなどで数々のオペラを演出。オペラの台本も手掛ける~松井和彦「笠地蔵」、「走れメロス」、新倉健「ポラーノの広場」、「窓~ウィンドウズ」、前田佳世子「どんぐりと山猫」。国立音楽大学招聘教授。

※「投げ銭」するための詳しい手順はこちらからご確認いただけます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 0 follow us in feedly

ページ最上部へ