【STJ第7号掲載】特別エッセイ「リコーダーに導かれて」(執筆:細岡ゆき)
さっぽろ劇場ジャーナル第7号の発行を記念して、紙面に掲載している記事の一部をWebでも公開いたします。第一弾はリコーダー奏者の細岡ゆきさんにご寄稿いただいたエッセイをご覧ください。(事務局)
初対面の方に、「演奏家としてご専門は何ですか?」と質問を受けた時に「リコーダーです」と答えると、「え? あの小学校や、中学校で習ったリコーダーですか?」と驚かれることがあります。その時には、「そうです、あの小中学校で習ったリコーダーを専門とするのに加えて、リコーダーの人気があったバロック時代以前の古楽が専門です」と答えています。なぜ、リコーダーを専門としたのか? それは、生まれ故郷北海道という土地柄でリコーダーが常に身近にある環境があったからでした。今回は、北海道出身のリコーダー奏者としての原点などを綴らせていただければと思います。
北海道は、全国的に見てもリコーダーが盛んな地域として昔から知られており、教育現場で熱心にご指導くださる先生が多くいらっしゃいます。私のリコーダーとの出会いも例に漏れず、小学校3 年の音楽の授業でした。当時、通った札幌市立北野台小学校は音楽に力を入れた校風で、合唱部に加え、リコーダー部がありました。授業でこの楽器が好きになった私は、迷わずリコーダー部へ入部し、恩師秋庭敬子先生のもと、友人達と大小様々な楽器でアンサンブルを楽しみ、益々この楽器に魅了されるようになりました。
さらに、友人が通っていた音楽教室でリコーダーも習えると聞き、出会ったのが、恩師中嶋幸治先生(故人)でした。中嶋先生は、北海道立札幌月寒高校の音楽教諭をしながら、子供たちにリコーダーを教えておられていました。私も習い事として指導を受けることになり、そこで、リコーダーが盛んだった時代の音楽に初めて出会いました。先生は、ルネサンスの舞曲や声楽作品、バロック作品を与えてくださり、お陰で私も古い時代の作品の響きが好きになりました。
中嶋先生は、演奏のご指導のみならず、多くのレコードなどの音源も聴かせてくれました。中でも印象的だったのは、中学2年の頃に聴いた、世界的リコーダー奏者フランス・ブリュッヘンが自身のリコーダー編曲によるJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲を演奏した音源でした。それまで聴いたことのないリコーダーの深い音色、ノンヴィブラートで、メッサ・ディ・ヴォーチェの存分に効いた古楽奏法に、既存のリコーダーの概念を打ち砕かれるような衝撃を受け、今でも鮮明にその時の情景を覚えています。
それを機にもっとリコーダーを知りたい、吹きたいという思いが強くなり、高校は、中嶋先生が顧問をされていたリコーダー部のある月寒高校へ行こうと決めました。月寒高校リコーダー部に入部してからは、仲間と切磋琢磨しながらリコーダー三昧の日々を過ごし、リコーダーコンテスト全国大会出場や、月寒高校のもう1つの名物音楽部・マンドリン部の定期公演で、マンドリンオケの伴奏付きでヴィヴァルディのフラウティーノ・コンチェルトRV443 を演奏する機会に恵まれるなど、様々な経験をすることができました。その後、古楽器科がありリコーダーを専門に学べる音楽大学へ進学を決めたのはいうまでもありません。
私のリコーダー奏者としての原点、リコーダー愛が育まれたのは、北海道の教育現場で出会った熱心な恩師、音楽、リコーダーを愛する友人、仲間、環境があったからだと感謝しています。
そして、私にとってのリコーダー音楽の原点は、いわゆる“古楽”と呼ばれる時代の作品と共にありました。中嶋先生のところへ通い始めた小学校6 年の時に、16 世紀フランドルで作曲家、出版業などを行っていたティールマン・スザートが編纂した「ダンスリー(Danserye)」というルネサンス舞曲集に出会いました。調性音楽とは一風違った旋法的な節回し、響きが魅力的で、まだ知識も経験も少ない真っ白な幼少期の記憶の中に深く刻まれる音楽となりました。その後も、ホルボーン、ジェルヴェーズ、ファレーズ、プレトリウス、ジャヌカン、ジョスカン、サンマルティーニ、パーセル、バード、レイエ、J.S.バッハ、ヘンデル、テレマン、ヴィヴァルディ、メールラなどなど多くのバロック以前の作曲家の作品に触れながら、その時代の音楽が肌に合い、リコーダーの響きはバロック以前の作品に合うという感覚を身につけていく事になりました。もちろん、リコーダーのために作曲された近現代作品にも素晴らしいものがあり、私自身も演奏しますが、古楽は、幼少期から慣れ親しんだ響きとして自分にとって特別な物となっています。
大学卒業後は音楽活動を続ける中で、第一線で活躍する素晴らしい古楽奏者の方々と演奏する機会にも恵まれ、多くの学びを頂きました。活動を続けているうちに、子供の頃には、なかなか生で聴くことのできなかった古楽を取り上げたリコーダーのコンサートを、北海道で行いたいと強い気持ちが芽生えました。
なかなかタイミングが合わず時間が経ちましたが、やはり北海道で公演をと思い立ち、北海道北見出身で国内外で研鑽を積んだリコーダー奏者・安藤由香さん、そして、同じく国内外で活躍する2人のリコーダー奏者に声をかけ、古楽を中心にレパートリーを持つリコーダーアンサンブル「百花繚乱」のデビューコンサートを2019 年5 月25 日に、札幌ザ・ルーテルホールで行いました。そして、第2回目を同会場で2020年5月に行う計画をしていた折、新型コロナウィルスの感染拡大が起こり、幾度か延期を余儀なくされましたが、本年3 月14 日にルネサンスからバロック後期までのヨーロッパ各地の作品を集め公演を行う運びとなりました。
リコーダーを始めるきっかけ、古楽の面白さを教えてくれることとなった原点の北海道で、こうした公演を行うことは、私にとっては特別な意味を持っており、これからも、古楽器としてのリコーダーの魅力を微力ながら北海道でもご紹介していきたいと考えています。
本年は、あと2回、札幌でのコンサートを予定しております。
- 9月16 日(金)19:00開演 ふきのとうホール
イタリア・ナポリ楽派の開祖 アレッサンドロ・スカルラッティのリコーダーと器楽を伴ったカンタータ - 12月15日(木)19:00開演 会場調整中
場所ドイツ・後期バロックの天才にして人気者 テレマンのリコーダーなどを伴った教会カンタータ集「音楽による礼拝」
両・公演とも、リコーダー、歌、古楽器のアンサンブルをお楽しみいただけます。ご興味がございましたら、足をお運び頂けましたら幸いです。
(細岡 ゆき)
<著者紹介>
細岡ゆき(Yuki Hosooka)
上野学園大学音楽学部器楽学科リコーダー専攻卒業。これまで、リコーダーを山岡重治、濱田芳通、ヒストリカル・ハープを西山まりえ、中世・ルネサンス・初期バロックの演奏解釈を濱田芳通、声楽を阿部早希子の各氏に師事。ヴァルター・ファン・ハウヴェ、コリーナ・マルティにリコーダーを、ロベルタ・マメリ、ドロン・シュライファー、ジル・フェルドマンに歌のレッスンを受講。歌えるリコーダー奏者を目指し研鑽を積み、アントネッロ〈オペラ・フレスカ〉公演(モンテヴェルディ「オルフェオ」パストーレ、レオナルド・ダ・ヴィンチプロデュース「オルフェオ物語」本邦初演 バッカスの巫女長)、「モンセラートの朱い本」(NHK BSプレミアム「クラシック倶楽部」で放映)などへリコーダー奏者、兼、歌手として出演するほか、NHKEテレへゲスト出演。「リコーダーアンサンブル百花繚乱」「リコーダーアンサンブルステラ」「古楽アンサンブルgmt」メンバー。アントニオ・カルダーラ記念アンサンブル代表。
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