札幌劇場ジャーナル

<特大インタビュー>下川朗 – 未来を切り拓くコントラバス

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多田:先日のウィステリアホールでのリサイタル(2026112日)は、下川さんがここ数年取り組まれてきた独奏の活動の総決算だったようにお聴きしました。3年前のKitaraでのリサイタルのときはもっと朗々と歌っている印象でしたが、今回は変わりました。安易に歌わずに個々のモチーフの意味を徹底して吟味した厳格な音楽に様変わりしました。高いハードルを課してそれを乗り越えた素晴らしいリサイタルでした。コントラバスのこんなレベルのリサイタルは稀です。これは記事に残さなくてはと思いました。早速ですが、まずは当日のプログラムから伺わせてください。

下川:ありがとうございます。

1.バッハの無伴奏チェロ組曲第1番について

多田:1曲目はバッハの無伴奏チェロ組曲の第1番でした。コントラバスでの演奏ということで、もっと、こう地面に深々と弾き降ろしていくようなイメージを予想していましたが、まったく違いました。軽やかに空を舞うようでした。最初の3つの音だけで天に向かっている感覚がありました。どんなイメージで弾かれていましたか?

下川:そういう風に(地面に弾き降ろすように)だけはしたくなかったんです(笑)。あれは、なんでしょうね。産まれてくるような、咲いてくるイメージだったんですよ。楽器を弾き始めるときに、絶対にこうはならないようにしました(最初のフレーズを弾くときに弓と一緒に身体が下に向かう動作をしながら)。必ず頭を上げながら上向きになるように弾くイメージを練習で徹底しました。どうしても下にいっちゃうので。そうではなく、どんな弾き方をしても音が上に伸びてゆくイメージを染み込ませようとしました。

多田:なるほど。弓がダウンですしね。弾き始めは武術のような集中力を感じました。

下川:弾き始めは本当に集中したのですけど、座って、客席が静かになるまで深呼吸して、で、先に右手を出してAの音を弾き始めた後に左手を添えて(※注1)、そして上体を上げる。これを徹底しました。
(※注1:原曲はG-durだが当日はA-durで演奏された)

1/12 演奏会より(ウィステリアホール提供)

多田:3年前のKitaraでのリサイタルでもバッハのガンバのソナタを弾かれましたがそのときはもっと、よい意味で無造作というか朗々と歌っていましたが、最初の1フレーズで気合の違いを感じました。

下川:気合は入っていましたね。バッハを弾くということが重たく圧し掛かるんです。生半可な気持ちで取り組めないと思っています。無伴奏チェロ組曲は音を追うだけならさほど難しくはありません。この単純な音列にどう意味を与えるか。ずっと考えて準備してきました。リサイタルの練習でバッハに費やした時間が7割くらいでした。

多田:1音足りとも、雰囲気で弾き飛ばしていない。そんなバッハでした。お客さんでもオッとなった人がいたと思われますが、メヌエットでは、第2メヌエットに入るときにテンポを倍くらいに速くして駆け抜けていきました。あそこは、第1メヌエットに対して同種短調になるので、たっぷりとレガートをかけて感情を込めて歌う人が多いですが、反対でした。

バッハの無伴奏チェロ組曲第1番の第1メヌエット(上)と第2メヌエット(下)

下川:あのメヌエットに関してはヴィオラのアントワン・タメスティさんの影響がすごく大きかったんです。第1メヌエットで溌剌と歌った後に第2メヌエットで、映写機を回しているような、そんなイメージでした。以前は逆の考えで第2メヌエットで感情を込めて歌っていました。

多田:表情をつけないでササっと弾くと逆に悲しいことに気づきました。

下川:あそこが一番独りぼっちなんですよ。

多田:孤独感。そこですよね。「ああ、これやりたかったんだ」と伝わってきました。

下川:あれはやりたかったですね。ちょっとびっくりさせたかったみたいな。

多田:聴いているあいだはそんなことまったく頭を掠めなかったのですが、コントラバスであの速度感で駆け抜けるのか、、と後から絶句しました。アルペジオの音程が完璧に音階に嵌まっているんです。他の人がやると上手い人でも技術ばかり聴こえてくることになると思います。下川さんの素晴らしいところは、聴いているときは技術が聴こえてこないところです。技術も半端ではないのにも拘わらず。

下川:嬉しいです。バッハは対峙していたら弾けなかったです。その期間が長くて。隣にいる感覚が出てきてようやく弾けました。

多田:分析しようとしたらダメでしたか?

下川:ダメでした。読み解こうとしたらダメでした。一緒にいるみたいな感覚が出てくるまでものすごい時間がかかりました。ここが5度、ここが通底でこの上にこうなって、と考えていたら全然ダメでした。

多田:読解と分析に時間をかけて、そこを抜けたからこそですね。

下川:そうなんですけど、最後は何も考えてなかったです。

多田:ただ何も考えていないとあの演奏には絶対になりません。

下川:超えた瞬間がありました。最初下手くそでずっとヘコんでいました。ボッテジーニにかけている時間がないくらい練習しましたので。

多田:ボッテジーニは、プログラムの最後でしたが、「ああ、やっと楽になれる」という感覚が出ましたね。

下川:ええ、すごい出ました(笑)。あとはボッテジーニだけだと、すごい安心しました。あの曲はお客様もリラックスして聴いていただけますし、盛り上がりますし。

多田:ではボッテジーニのほうに行きましょうか。

1/12 演奏会より(ウィステリアホール提供)

2.ボッテジーニのコントラバス協奏曲第2番と独奏レパートリーについて

多田:今日ここへ来る前に音楽辞典をめくりましたら、ボッテジーニは3弦の楽器を念頭にこの曲を書いたと記されていました(※現代のコントラバスは4弦か5弦が一般的)。

下川:そうなんです。ボッテジーニ・テスト―レと通称で呼ばれている3弦の楽器がいま日本にあります。

多田:3弦だと調弦は何度になりますか?

下川:上から4度ずつです。オーケストラチューニングで言えばG-D-Aです。

多田:3弦で4度だと音域が狭くならないですか?

下川:狭いんですけど、ボッテジーニが4弦を使わなかったようです。これは独奏楽器としてみた場合、合理的な面があります。弦が一本減ることによって楽器への張力が減るので、ふくよかな音になりやすいです。

多田:なるほど。あのフラジオの使い方などを聴くと、もの凄い豊かな響きがしますので、イメージが分かってきました。下川さんが名手だというのもありますが、こないだも凄い音がしました。

下川:難しくて、困っちゃって、困っちゃって(笑)。

多田:まったくそうは聴こえませんでした。

下川:独奏楽器の響きの豊かさを重んじて3弦を使ったのが事実なのかどうかはもう分からないですけど、今から見るとそういう合理性があったように解釈できるということです。コントラバスの著名な先生方は、ボッテジーニを演奏するときは1番下の弦を使わないでいいという先生がけっこういらっしゃいます。

多田:それだと始まった瞬間にとんでもない跳躍が連続して、大変ですよね。

下川:相当大変です(笑)。楽器の国際的な基準はよく知らないのですけど、コントラバスという楽器は本当に色々で楽器によって指板の長さが1.3倍くらいは違いがあると思います。

多田:調べると歴史的経緯もけっこう曖昧なのだそうですね。ヴィオローネ属かヴァイオリン属かもはっきりしていないとか。

下川:あんまり研究が確立されていないんです。

多田:イギリスの権威ある音楽辞典をみると「見解は割れている」と書かれていました。

下川:モダンのコントラバスになって使われ方が変わったんだろうなとは思います。

多田:独奏のレパートリーをみるとクーセヴィッツキーなども有名ですが、彼は20世紀半ばまで存命でしたが作風はロマン派真っただ中です。

下川:かなりロマン派です。

多田:20世紀だとヘンツェやヒンデミットは少し詳しい人なら知っているレパートリーですが、結構19世紀が多い印象です。19世紀に独奏楽器として開発が進んだ経緯はありましたか?

下川:クーセヴィッツキーもボッテジーニも彼ら自身がコントラバス奏者だったので、それでようやく進んだというイメージです。

多田:作曲家から積極的にこの楽器のためにという方向でレパートリーが蓄積されたのではなく、散発的だということですか?

下川:そうだと思います。作曲もできるコントラバス奏者が弾く曲がないから自分で書く人がたまにいたということだと思います。

多田:なるほど、コントラバスの独奏レパートリーの歴史的な流れというのがあまり見えない印象だったのですが、そういう背景もあるのですね。ボッテジーニに戻りますと、最初の“ミ~ファソラシドシッラ”の“シッラ”のアクセントを聴いて痺れました。後で色々聴いてみるとのっぺりしているか、ガリっとアクセントかどちらかが多いです。音楽辞典にはコントラバスのパガニーニと書かれていますが、下川さんの演奏ではとても抒情的でシューベルトのようでした。1楽章のコーダの16音符が続く箇所もただ音楽が聴こえてきました。音大生がよく試験で弾く曲ですが、印象がまったく変わりました。

下川:オペラアリア的ですよね。彼の音楽って。学生が試験で弾くとどうしてもエチュードっぽくなってしまいます。スケールと跳躍とリズムという風に基礎的な技術が揃っている曲なので、学生のうちに勉強するとどうしてもそうなりがちな曲です。僕は大学の4年間、軽く譜読みしかしませんでした。試験でも弾いていません。

多田:避けて卒業できるものですか。

下川:師匠は西田直文先生でとても自由に勉強させてくださる先生で、ボッテジーニをちゃんと勉強し始めたのは札響に入ってからのことでした。

多田:ボッテジーニで思い出したのですが、この間はピアノの新堀さんも素晴らしかったです。下川さんの魂が乗り移ったような瑞々しい音で弾かれていました。モーツァルトのK.304はピアノのサポートも大きかったです。あ、モーツァルトに行きましょうか。

1/12 演奏会より(ウィステリアホール提供)

3.モーツァルトのヴァイオリンソナタ第21K.304について

下川:今回のプログラムでバッハとモーツァルトはお客さまに向けてというより、自分に向けて、自分がこれからどういうことがしたいのか、この2曲を勉強したら分かってくるのではないか、と思っていました。モーツァルトが一番好きな作曲家なので、、。

多田:僕もです。2番目がブルックナーです。どうでもいいですね、先に行きましょう()

下川:札幌にいるあいだにモーツァルトの作品を一回は取り上げたいと思っていたのですけど、

多田:今回初めてでした?

下川:そうなんですよ。K.304はとにかく第2楽章の中間部が弾きたくて。

多田:今日、そこについて聞こうと思っていたんですよ、まさに。ほら、メモ()あそこピアノから入るじゃないですか。しかも四分音符が5つまで音が動かないんです。新堀さんのピアノが透明で澄み切った音で出てきて、そのまま下川さんに受け継がれました。大泣きするように歌い崩したら音楽が壊れます。とても難しいです。あ、僕ばっかり喋ったらだめですね。

モーツァルト ヴァイオリンソナタ第28番K.304 第2楽章の中間部

 下川:あそこは、過ぎちゃったことを思い出しているシーンなのかなぁ、、。過ぎちゃったことだから今さら声を荒げても仕方ないというイメージだったかなぁ、、。

多田:だまってただ涙がすーっと流れているという感じがしました。

下川:5つ同じ音が続いて跳躍に入ると、そこは溜息かな、と。

多田:第1楽章も1つ目の主題も2つ目の主題も音があまり動かない曲です。経過主題でオクターブ跳躍がようやく出てきます。下川さんがこの曲でやりたかったことは、抑制された痛切な悲しみ、それも内側から染み出してくるようなものだと思いました。

下川:もうちょっと明るい曲やれよって思いますよね。

多田:ギャラントスタイルのソナタよりコントラバスに合うと思います。

下川:イザベル・ファウストの影響も大きかったんです。

多田:彼女もピンと張った音で大げさに歌わない奏者ですね。

下川:そうなんです。

多田:下川さんのほうがヒューマンな温かみがあるので、ちょっと意外でした。

下川:剥き出しの音楽が最近特にあまり得意じゃなくなってきて、

多田:昔から得意じゃないです()

下川:とにかく言いたいこと全部言ってやったぞ!どうだ!っていうのが年々苦手になってきました。

多田:私も95分ピアニッシモで、ここぞという箇所だけ主張するようなのが好みです。

下川:ファウストもそっちの人です。

多田:ファウストは以前札響でメンデルスゾーンのコンチェルトを弾いていますね。

下川:入団前なんです。

多田:(ググる)2016年ですか。そうですね。あのときは僕の初バーメルトさんで、そっちに頭をぶん殴られました。

下川:メインは何でした?

多田:展覧会の絵です。キエフの門で静かに天に昇ってゆくようでした。

下川:あの曲、そっちなんじゃないかと思うんですよね。

多田:僕もそのときからそう思うようになりました。

下川:バーメルトさんもイザベル・ファウストと通じるところないですか?言いたいことを全部言い切るのではなくて、抑制美のほうですね。

多田:下川さんの音楽も今回のリサイタルでそっちの方向に大きく舵を切りましたね。

下川:軽率に歌いたくないというように、そうなってきました。

多田:全部歌うと何も歌っていないのと同じですからね。

下川:その通りです。モーツァルトのK.304については物足りないところはあったので、また取り組みたいです。今回は新堀さんが僕に完全にアジャストしてくれて、とても助けられました。課題は自分についてです。

多田:新堀さんのピアノが下川さんの音になっていました。ちなみに札響の1月定期のロビーコンサート(※編注)のアンサンブルも最初の一音で下川さんの音がしました。下川さんは周りの音を変える力があります。名演奏家は皆そうですけどね。K.304は下川さん的にはまだまだだったのですね。
(※編注:札響の1月定期のロビーコンサートの曲目はボッテジーニ作曲のカプリッチョ・ディ・ブラヴ―ラで独奏が下川だった)

26年1月定期のロビーコンサートより(札幌交響楽団提供)

下川:イメージが膨らまなくて、これしかないというところまで行かなかったです。バッハに時間かけすぎて。

多田:バッハはやり切った感ありましたね。あれでまだまだというとさすがにそれは、、

下川:上手くいきました()もちろんもっと勉強しなきゃと思いましたが。

多田:以前、都響の池松さんのソロを聴いてとても都会的で洗練された独奏で感動したのですが、下川さんを聴いてさらにコントラバスの独奏の魅力に気づきました。そういえば、池松さんといえば、以前、東京の春音楽祭でメンデルスゾーンの弦楽8重奏曲の第2チェロをコントラバスで弾かれているのを聴きました。下川さんも2年前にウィステリアホールで同じ編成で弾かれていましたね。

4.メンデルスゾーンの弦楽8重奏曲について

下川:あれ?春祭のそれ僕も客席にいましたよ?ウィテリアホールのは、ええと(プログラムを見せて)

ウィステリアプラミアムクラシック26TH

多田:2024年の317日ですね。あの曲のオリジナルの編成はVn×4Va×2Vc×2です。シュポーアがオクテットを何曲か書いていてその影響があったと思いますが、シュポーアはどちらかというと2隊のカルテットという感覚で、ヴェネツィア楽派の合唱のようです。メンデルスゾーンはまったく違います。第2チェロをコントラバスで弾くのは珍しくはないですか?

下川:僕、もう3回やってます。富山のオケアカ、アフィニスの音楽祭でやっていますので。

多田:珍しくなさそうですね。曲はどんな印象ですか?

下川:カルテット2隊というよりオーケストラ寄りですね。

多田:スコアを開くと、第1チェロと第2チェロがオクターブ以上離れて別の動きをしていたり、チェロ2本という枠組みではなさそうに読めます。ウィステリアホールで演奏をお聴きしたときにすごく印象に残ったことがあります。第1楽章の展開部の後半で密集になるのですが、そこの最低音は第1チェロなんです。そこから再現部へ向けて音域が広がってゆくときに最低音が第2チェロに受け継がれてゆきます。そこを下川さんのコントラバスで聴いたときに、かつてこの曲で聴いたことがないような空間的な拡がりを感じました。

下川:そこですね。ちょっとスコアを見せてください。再現部へ向けてF-E-D-Cと下がってゆく箇所があります。その次のオルゲンプンクトのB♭をオクターブ下げて弾きました。

メンデルスゾーン 弦楽8重奏曲

下川:C線を弾いたあとに上のB♭へ上がってしまうのは、ううん、、たぶん想定としては下のほうがよかったのではないかと。ここを見ると、第2チェロはコントラバス想定もあったと弾きながら思えて。

多田:オリジナルの第2チェロで聴いているときとここが最も印象が違いました。そんなことをなさっていたのですか。他に下げた箇所はありました?僕は気づきませんでしたが。

下川:他はないです。Es-durの曲をやるにあたって下のB♭が鳴らないのはもったいないです。ドミナントで下を使えないので。

多田:あのときは繰り返し全アリでしたね。

下川:一番カッコやらないのは冒涜ですよ()

多田:スケルツォの反復の一番カッコはコントラバスのトレモロですが、下川さんの白い歯が零れているのが見えました。やってやるぜ!という感じで揺らしていましたね。フィナーレの最初も第2チェロからですね。アスファルトを突き破って芽吹くようでした。あそこも歯が見えました。

下川:笑っちゃうんですよね~、弾きながら。ここで気合入れ直すぞって。

多田:あの公演はコントラバスの室内楽の役割とか可能性とか、何か気づいたことはありましたか?メンデルスゾーンを選んだことには何か意図を感じます。普通にやるとシューベルトの鱒になりそうです。

下川:コントラバスが室内楽に入るとオーケストラに近づきます。

多田:それは良くも悪くもですね?

下川:そうです。だから、オクテットは元々はオーケストラっぽいのでこのやり方で上手くいったと思います。もちろん、もっとスマートにチェロの音色に近づけてというやり方もあると思います。コントラバスのほうが音楽のダイレクションは作りやすいので、そこはチャレンジできるところです。

多田:ボッテジーニのフラジオを聴いて、コントラバスでしか絶対に出ない音だと思いました。下川さんのような奏者の演奏が広く聴かれるようになると、作曲家が室内楽であの響きをもっと使いたいと思うきっかけになるのではないかと思うんです。

下川:コントラバスのフラジオは本当に特徴的ですよね。決まったら華やかになります。

多田:弦楽器のフラジオであんなに伸びやかなのはすごいです。作曲家を触発するような演奏家にこれからなっていってほしいと思っています。シューベルトの鱒については、バリエーションで活躍する箇所もありますが、全般的にはチェロを自由に動かすためにその下に入ったという感じです。メンデルスゾーンだからこそ、コントラバスの秘めた可能性が開花したのではないかと思いました。よい演奏会でした。

下川:鱒はいつものオーケストラの楽譜とあまり変わりないですね。でも工夫の仕方によってはポテンシャルはあると思います。先日ふきのとうホールで弾いたのですけど、よりドイツリート的な音楽にしたいと思って、第1楽章で主題がシ~ラ~シ~とくるところはめちゃくちゃ絞って弾きました。

多田:あれ、ぬぼ~っと弾く人が多いです。

下川:聴こえないじゃない?ってくらいで弾きました。後で主題がくるときによりキラキラ輝きます。

多田:こう話を伺っていると、3年前のリサイタルからだんだん弱音を重視するようになってきたのですね。

2023年1月25日リサイタルより

5.弱音への拘り

下川:そうなんです。一般的にピアノは弱いだけではなく、お客さんの耳を引き付ける時間にしたいと思うようになりました。

多田:上手な人は皆さん弱音が素晴らしいです。

下川:ピアニッシモについて深く考えるようになったのはここ数年です。もちろんバーメルトさんの影響もありました。

多田:僕が高いハードルを課したと言ったのはそこなんです。厳格になりました。

下川:歌っちゃったら簡単なんですよね。

多田:それは下川さんだから言えることで()3年前の朗々と歌が溢れてくるガンバのソナタも天才の芸でした。

下川:あの時期にはそこまで自分の方向性が絞れていなかったです。ここ数年です。ようやく作れてきたかな?と思います。

多田:札幌での演奏活動の総決算としてよいタイミングでウィステリアから声がかかりましたね。

下川:札幌での演奏活動で皆さんが声をかけてくださったおかげで、ようやく自分の軸がどこにあるのかが分かってきました。

多田:変わったというより、絞れてきたという感覚ですか?

下川:そうです。ずっとぶれちゃっていたので。コンクールを受ける年代だと大きな音が必要だったりしますので。

多田:コンクールは弱音重視系は評価されにくいですね。私の経験だと声楽が特にそうだと思うのですが楽器も同じですか。

下川:そうなんです。それにひっぱられていたところもありました。大きな音がしっかり出せるのは大切なので、悪いことではないですけどね。

多田:コンクールの大声大会は苦痛です。受ける側も割り切ってやっているのが分かることもあります。すごく厳格にコントロールして歌うと本選に残ってなかったり、よくあります。

下川:それが戦い方なんで、仕方ないところもあります。そういう時期も一通り終わったので、これからはやりたいことを。そんな時期です。札響の1月定期のベンヤミン・アップルさんもそこが素晴らしかったです。

多田:レガートに逃げない歌い方でした。

下川:喋ってますよね。

多田:ええ、フィッシャー・ディースカウの弟子ですが、真逆じゃん()って思いました。あの弱音も凄かったですね。

下川:あれは素晴らしかったですね。札響の音が変わりましたから。

多田:そういえば、ここ2年程、札響の音がやや硬くて大きい傾向が続いていますね。上手になっているからではありますけど。

下川:バーメルトさんが去年久しぶりに来てくださって、最初に”Do you remember sul tasto?”と仰いました(※編注)。
(※編注:sul tastoは指板のそばに弓をあてる奏法。音量は小さくなるがデリケートで柔らかい音がする。)

多田:オーケストラは本当にたくさんの人が関わっていますから、色んな受け止め方があるのでしょうね。その社会の縮図のようなところもオーケストラの魅力ですね。

下川:オーケストラの活動で色んな音色に対する感覚を知って、それで自分の音色は確実に増えました。自分の独奏や室内楽でやりたいことが絞れました。

6.札響での演奏活動を通じて得たもの

多田:最後に、札幌のクラシック音楽の中心はなんといっても札響です。6年間の演奏活動で印象深いことのなかで、今ぱっと頭に浮かんだものをお話いただけますか?

下川:やっぱりバーメルトさんのピアニッシモになってしまいます。

多田:嬉しいです。

下川:この3年間、独奏の活動で弱音の意味について深く考えるようになりましたが、そこにも影響しています。間違いなく影響してます。ピアニッシモの大切さは彼が教えてくれました。

多田:涙が出そうです。私がバーメルトさんのファンなので忖度して言わせたわけではないと読者の方にお伝えしたいです()

下川:心からの言葉です。

多田:今日は長い時間ありがとうございました。最初のバッハの修行のような時間を超えた瞬間があったことなど、繋がってくるところがありますね。札幌で下川さんの独奏を追っかけることができて、私の人生にとっても大切な経験になりました。こんな出会いに恵まれるなんて本誌をやっていて本当によかったです。

(2026/2/11 札幌グランドホテルにて)

プロフィール

話し手:下川 朗 / Rou Shimokawa

桐朋学園大学卒業後、桐朋オーケストラ・アカデミーを修了。2020年1月から2026年1月まで札幌交響楽団コントラバス奏者。髙橋洋太氏、西田直文氏に師事。第7回秋吉台音楽コンクール弦楽器部門第1位およびグランプリ。第19回東京音楽コンクール弦楽部門第3位。札響在籍中には市内で5回のリサイタルを開催。犬派。

聞き手:多田 圭介 / Keisuke Tada

ブルックナーとガンダムをこよなく愛する本誌編集長。好きなガンダムの作品は、Zガンダム、逆襲のシャア、Vガンダム、∀ガンダム、鉄血のオルフェンズ。好きなモビルスーツはパラス・アテネ、クィン・マンサ、クシャトリヤ、ガンダム・バエル。犬猫カピバラ派。

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