<ピアニスト 押切雄太の名曲ミニレクチャー>ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」(執筆:押切雄太)
プロのピアニストはどんなことを考えて譜読みしているのでしょうか。すべてのピアノ愛好家さん必読の超有名曲のミニレクチャーです。それでは押切さん、お願いします!!(事務局)
ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」を例にしたミニレクチャー
初めまして。ピアニストの押切雄太と申します。編集長からなんでもよいので記事を書いてほしいと依頼をお受けしまして、悩んだ結果誌上でのミニレクチャーという形で書かせていただきました。
さて、ドビュッシーは文学や美術をこよなく愛し、そこから様々なインスピレーションを得ていました。実際にドビュッシーの作品を演奏するにあたり、例えば詩や絵画などの具体的な風景を思い浮かべながらイメージを膨らませながら練習することは必要なことだと思います。
ですが問題は、そのイメージを楽曲の解釈、楽器の奏法とどう結びつけるのか、という点です。様々な方法がありますが、亜麻色の髪の乙女を例に、具体的な解釈と演奏方法の提案をさせていただきます。
この作品は説明する必要もないほどに有名な曲で、至る所で耳にする音楽です。具体的にはまず5小節目の部分(譜例1)。
この箇所はGes-durのⅤ–Ⅲ–Ⅳ–Ⅰ,コードネームでいうとD♭-B♭m-E♭m–G♭,と一般的には解釈されます。ダンパーペダルも和音毎に踏みかえる演奏が主流で、ペダル記号が付け加えられている版(日本で主流の安川加寿子、中井正子等の版等)では全てそう書かれています。
ですがこの箇所はペダルをできるだけ深くならないように気を付けつつも踏みっぱなしで演奏することを推奨したいと思います。この箇所全体での構成音を下から並べていくと、b-des-es-f-ges-as,となります(譜例2)。
コードネームで表すとE♭m11/B♭,になりますでしょうか。この構成音を、ペダルを踏みっぱなしにしながら下から一つずつゆっくり丁寧に弾いてみてください。その際のコツとして、合唱団の和音のチューニングをイメージして、下の音の響きに次の音が重なるときに溶け合って美しくハモるように弾いてください。一番上の音まで弾いたら、しばらくペダルを離さずに重なった響きを味わいながら聴いてください。
さて、皆さんはこの響きが嫌な濁りや不協和音のように聴こえますか?勿論人それぞれ感じ方は違いますが、私はとっても幻想的でロマンティックな響きだと感じます。この箇所をこの響きのイメージの中で、溶け合うような繊細なタッチで、ペダルは濁る手前の深さで踏みかえをせずに演奏すると、倍音豊かな美しい響きの世界が空間に紡ぎだされるはずです。
言い換えると、この箇所全体で一つの E♭m11/B♭,という素晴らしい和音、と思って演奏をしてほしいのです。ペダルの深さの絶妙な加減、繊細なタッチ、耳での響きの聴き分けができないでこのように演奏をすると、音が溶け合わずにただ混沌とするだけで終わってしまうので常に難しい奏法ではありますが、うまく演奏することができれば私は本来ドビュッシーが意図したであろう世界を表現することができるのではないかと思います。
この素晴らしい響き、構成音の組み合わせを一般的な和声分析に基づいて1つずつ違う和声なのでペダルをそのつど踏みかえて、響きが濁らないように…と演奏してしまうとこの構成音本来の響きの良さが分断され、現実的で軽薄な印象となってしまいがちです。もちろん1つずつ縦での和声分析も大事ではありますが、もっと広く別の視点で見てみると、既成概念から抜け出したまったく新鮮な音楽の姿が見えてくるのではないでしょうか。
他の箇所もあげてみましょう。14小節目、構成音は音階のすべての音です(des-es-f-ges-as-b-c)。この箇所もペダルを1拍ずつ踏みかえる演奏が慣習となっていますが、これも1つの和音(D♭M13)と考えて延したペダルで演奏しても面白いのではないでしょうか(譜例3,4)。
次に、21小節目3拍目から22小節目2拍目にかけても和声を分断して考えずに、構成音(ces-des-es-f-ges-as-b)を一つの和音(E♭m11/C♭)と考え、ペダルを踏みかえずに演奏するとより味わい深くなると思います(譜例5,6)。
このような解釈と奏法をお勧めする理由を絵画の書き方を例に説明いたします。絵画は写真と違って全てをはっきりと詳細に書きこむのではなく、敢えて暈して曖昧に描く箇所もあります。その曖昧さによって逆に読み手の想像をより膨らませることもできますし、対比によって詳細に書きこんだ箇所がより際立ちもします。
それと同じようにピアノで絵画を描くと発想を変えてみましょう。写真のようにはっきりとペダルを細目に踏みかえてわかりやすくするのか、絵画のようにわざと暈すつもりでペダルを上手く踏みかえずに使うのか。また、タッチは使う筆の種類と考えてみましょう。太い筆なのか細い筆なのか、硬いのか柔らかいのか、材質は何なのか。どの種類の筆を使って「はっきりしたもの」なのか「あいまい」を描くのか…等と想像すると楽しいですね。
この方法はこの曲に限らずに、ドビュッシーの他の楽曲や、また別の作曲家の作品にもきっと応用ができます。また、一般的に難解といわれる現代音楽等の作品の魅力もより引き出せるのではないでしょうか。絵画的なものだけでは勿論なくて、写実的な楽曲もありますし、日本画的だったりイラスト的な楽曲もございますね。例えるとキリがないですが、どのような種類の絵なのかを考えて、その絵の「描き方」を演奏での解釈、奏法と結び付けられると良いと思います!
勿論これが絶対正しい!等とは微塵も思ってはおりません。批判や反論等、様々あるかと思います。あくまで一つの可能性として、空間に広がる響きを重要視しての解釈、演奏方法を提案させていただきました。
(押切 雄太)
<著者紹介>
押切 雄太(Yuta OSHIKIRI)
1992年札幌市に生まれる。札幌大谷大学芸術学部音楽学科ピアノ演奏コース卒業。在学中に大谷賞を、修了時に学長賞を受賞。平成24年度札幌市民芸術祭新人音楽会にて大賞受賞。
第7回札幌大谷大学定期演奏会にてリストのピアノ協奏曲第1番を同大学オーケストラと共演。その他様々な演奏会に出演。
これまでにピアノを内山いづみ、谷本聡子、小林仁、越田麻美の各氏に師事したのち、現在は大野眞嗣氏の下で学ぶ。
北海道文教大学人間科学部こども発達学科 講師
トランペットアンサンブルLaChoce ピアニスト
北海道音楽サークル「楽」代表
押切ピアノ教室 主宰
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