札幌劇場ジャーナル

【アイーダ】見どころ聴きどころ ③

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アイーダ見どころ聴きどころ、第3回は第3幕より第11曲、アイーダとアモナズロの二重唱をご紹介する。前回お届けした第8曲が「女のバトル勃発」だとすれば第11曲は「邪悪なお父さん」とでも言えよう。アイーダの父アモナズロが豹変し怒りを爆発させるシーンに注目だ。全幕中、もっとも高度な作曲法が駆使されたナンバーで、ヴェルディが他にこれほどの怒りを表現したのは、「オテロ」でオテロがイアーゴにデズデモナの不倫の証拠を突きつけられる箇所のみだろう。

 

舞台は暗いナイル河岸。アイーダは、ラダメスとここで秘かに落ち合う約束をしている。再び帰ることのできない祖国エチオピアを想い故郷を歌う(10)。そこへ、エチオピアの国王でアイーダの父であるアモナズロが登場する。敗戦で捕虜となっていたがラダメスの恩赦で解放されているのだ。アモナズロは、娘アイーダの恋人が敵軍の将ラダメスであることに感づいている。ここからが第11曲のアイーダとアモナズロの二重唱である。

 

まず、アモナズロが祖国を思い「再び見るだろう、香り高い森をRivedrai le foreste imbalsamate」の旋律を歌う。実に穏やかでどことなくウソ臭さをすでに感じさせる。アイーダもそれを繰り返す。短調の沈んだトーントと穏やかな故郷を想う長調が交錯する。アモナズロは本題を切りだすタイミングを計っているのだ。

 

そこで音楽はほんの少しテンポを速める。アモナズロは、娘アイーダに「エジプト軍が配置されていない場所をラダメスから聞き出せればそこから進軍させることができる」と持ちかける。アイーダは「誰にそんなことが?」と返す。そこでアモナズロは、「わしは知っておる。お前は奴と・・・。(少し間を置いて)奴は敵将。分かるな?」と不敵な笑みをこぼす。

 

アモナズロは娘が敵軍の将と付き合っていることを知っていて、それを利用し軍事機密を聞き出させ、再びエジプトに攻め込もうとしているのだ。国を守ることが仕事。娘の気持、家族の絆など知ったこっちゃない。だが、アモナズロがすごいのはここからだ。

 

アイーダは拒絶する。すると、アモナズロの怒りが落雷のように爆発する。減7という破壊的な響きのする和音を選び、それをフォルテッシモで叩きつけ、血が沸騰するように16分音符が駆け上がってゆき、オーケストラがうなりをあげるなかでアモナズロは、こう娘を罵る。

 

「ならエジプト軍が我が祖国エチオピアを破壊しつくし、どす黒い血が流れ、毎晩お前の前に化けて出るぞ!そして、死者たちはお前を指さし「お前のせいで祖国は滅んだのだ」と罵り続けるだろう!」

 

もう唖然とするほかない。さらにアイーダが「やめて!」と悲鳴を上げるとアモナズロは

 

「お前はもう娘じゃない!このファラオのクソ奴隷めが!」

 

と恫喝する。凄まじい毒親っぷりと、それを表現するヴェルディの音楽の大爆発にしばし呆然とすることだろう。

 

アイーダは泣きながら「分かりました。やります。」と答えてしまう。ここで音楽は変二短調に転調し、属音Asの上でヴァイオリンが嗚咽を漏らすような切分音を刻む。涙を流しながら、言葉は途切れ途切れになる。そこで、音楽は第11曲冒頭の穏やかな変ニ長調に戻ると、娘が言うことを聞き満足したアモナズロの口調は急に優しくなる。凄まじい自分勝手さに空いた口が塞がらないことだろう。

 

11曲ではこのような無慈悲で恐怖に震え上がるような、でもどこか滑稽な人間模様が描かれる。ヴェルディは他の作品ではバリトンでしばしば娘を思う優しい父親を描いてきた。しかし「アイーダ」の父アモナズロは人の親の心など持ちあわせていないかのような武闘派。娘の気持などお構いなしだ。

 

だが、このナンバーを見どころ聴きどころで取り上げたのには、もう少し訳がある。そのアモナズロもエチオピアの国王。ヴェルディの楽譜は、アモナズロにもただ威勢がいいだけの絶叫を指示しているのではないのだ。それをやってしまうと、その瞬間にアモナズロは国王ではなくなる。どれほど無慈悲であっても最後まで「品格」を失ってはならないのだ。この二重唱では高音を楽譜の何倍も気持ちよさそうに伸ばす歌手がかつては多かった。しかし、ヴェルディの音楽はアモナズロにもっと知的で計算高く厳格な威厳を求めている。このことを忘れてはならない。

 

かつてアーノンクールは「アイーダ」をレコーディングした際に「アモナズロは無骨で粗野であってはいけない。愛国心が強く責任ある立場が彼にそうさせている。そのように描かれねばならない」と強調した。アモナズロに知性的なコントロールが効いているかどうか、第3幕ではここに注目だ。

 

アイーダ見どころ聴きどころ。第3回は「邪悪なお父さん」でお届けした。残すはあと一回。アイーダの開演も近づいてきた。次回は第4幕からの聴きどころを一箇所と、各登場人物のライトモチーフを譜例付きでご紹介したい。

 

ライトモチーフとは、ワーグナーが得意とした手法で、特定の音形が特定の登場人物や感情を表わすよう固定されたモチーフのことだ。いくつか覚えておくだけで、「あ、アイーダが近づいているな」とか「〇〇のことを思い出しているのだな」と分かるようになる。

 

ぜひ覚えてから劇場へ行ってほしい。それではまた来週!

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