札幌劇場ジャーナル

【STJ道外編】「わ」の会コンサートvol.7 Herausforderung: 挑戦 直前リハーサル・レポート(執筆:平岡拓也)

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2021年もいよいよ残りわずか。この時期になると各地でベートーヴェン『第9』が繰り広げられるが、そんな中で重厚なワーグナー作品に熱く濃く向き合う集団がある。それが「わ」の会である。1220日の公演に向けて熱気迸る彼らの直前リハーサルを取材した。

「わ」の会とは?
ワーグナー作品をコンサート形式で紹介し、聴衆・演奏者が同時に経験と理解を深めていくという趣旨で結成された団体が「わ」の会だ。代表は、新国立劇場で幾多のワーグナー上演に携わる指揮の城谷正博。ピアノの木下志寿子もまた新国立劇場で欠かせない存在だ。歌手には池田香織、片寄純也、大沼徹、友清崇、大塚博章という、所属団体を問わず我が国のワーグナー公演に欠かせない演奏家が名を連ねている。ドイツ文学者・吉田真によるプレトークと語義明瞭な字幕も定評がある。

この日のリハーサルで取り上げられたのは前半のプログラムである『さまよえるオランダ人』と『ローエングリン』からの抜粋。これまでの「わ」の会でもそうであったが、指揮の城谷正博はピアノ・歌とすべてを暗譜で振り(リハーサルでも譜面台はない!)、その上で歌詞や音価の修正を細かく行っていく。まさに「劇場人」というべき驚異的な能力である。

『オランダ人』は、オランダ人(河野鉄平)が登場して独白を始める第1幕第2場以降の抜粋だ。舵手(伊藤達人)と船長ダーラント(大塚博章)がオランダ人の船を見つけ、呼びかける。オランダ人とダーラントの対話は徐々に掛け合いのようになり、やがて二重唱となって高揚していく。二人の低声歌手による対話ゆえ非常に深く重い響きではあるが、その中でも「ポジティヴな単語の時は少し明るく」「リズムを弾ませて」など指揮の城谷から指示が飛んだ。重厚一辺倒ではなく、必要な緩急を施していく作業だ。ピアノの巨瀬励起もアーティキュレーションやタッチの変化を細かく描き分け、「わ」の会のオーケストラとしての存在感を高めるべく奮闘する。 

続く『ローエングリン』は、「わ」の会オリジナル・メンバーとニューカマー巨瀬の共演。オルトルート(池田香織)とフリードリヒ・フォン・テルラムント伯爵(大沼徹)が禍々しい謀略を企てる第2幕からの抜粋だ。池田香織は歌はもちろん常に目線でもオルトルートとして演じつくし、作品の中でも最もおどろおどろしいこの場面の雰囲気を作り上げる。フリードリヒの大沼は口角泡を飛ばす語りでオルトルートに反論、その怒りの表現の幅広さでは同世代で右に出る歌手はいないだろう。『神々の黄昏』第2幕の3重唱に匹敵するか、おぞましさの度合いではそれを上回るような黒々とした音楽を期待してよさそうだ。

 

リハーサルの合間を縫って、「わ」の会代表・城谷正博に今回の公演の聴きどころを語っていただいた。

─今年の「わ」の会は大所帯ですね。

まず「歌手が多い!」というインパクトがあると思います。昨年のvol.6(本紙でも取り上げている)では4人のニューフェイスをお迎えしましたが、今回はメンバーの推薦で歌手6人、ピアニスト1人が初参加となっています。皆さんの声を聴いて、何を歌っていただくかを吟味しました。中村真紀さんにはイゾルデ、郷家暁子さんはブランゲーネ、伊藤達人さんはダーヴィットと舵手、河野鉄平さんはオランダ人。オランダ人は夢見ていた役だったそうですよ。

─これまでの「わ」の会であればオランダ人は大塚博章さん、イゾルデは池田香織さんというところですが、敢えて大塚さんはダーラント、池田さんはオルトルート。

今回はニューカマーと現メンバーがコラボレーションする形で配役を組んでみました。伊藤達人さんのダーヴィットは「わ」の会で初披露というところでしたが、先日幕が下りた新国立劇場『ニュルンベルクのマイスタージンガー』で急遽本役に抜擢。今回改めて、より(歌手と客席が)近い距離でお楽しみいただけるかと思います。(※編注)

(※編注:当公演の会場である渋谷区文化総合センター伝承ホールは345席であり、新国立劇場の1,814席より歌手と客席の距離が近いという意味)

─新メンバーの皆さんとの共同作業はいかがですか。

新メンバーの皆さんはまず、ワーグナー作品を「巨大な山」のように捉えておられ、少し恐怖心があったんですね。どうやって踏破したものか、と。まずはそこの恐怖心を解きほぐしていく作業から始まりました。もちろん音楽的なことも含みますし、テクストの解釈も重要です。例えばブランゲーネはどういう人間で、どういう心理状態で歌うのか、と。こうした総合的なアプローチの中で理解が進むと、徐々に恐怖心はなくなり「楽しみ」に感じてもらえるようになってきますね。

─さきほど拝聴した『オランダ人』は重厚!という先入観がありましたが、意外とリズム的に軽やかな部分も含んでいたりしますね。

そうですね。作品のスタイルがまだ初期ですので、いかにもワーグナーらしい重厚さ、ベッリーニやフランスのグラントペラ(grand opéra)の影響を受けたような軽やかさが混在しているのが『オランダ人』なのです。なのでその描き分けが難しいところでもあります。河野さんはよく理解して歌ってくださっていますよ。

 ─『ラインの黄金』『トリスタンとイゾルデ』の稽古の模様はいかがですか。

 『ラインの黄金』ではローゲを岸浪愛学さんが歌います。彼は新国立劇場『真夏の夜の夢』でフルート役を歌いましたが、その時の印象が強かったですね。ローゲはキャラクター・テノールが歌うこともあるし、シュテファン・グールドのようなヘルデンの場合もある。その点岸浪さんはすごく中庸な良さがあって、ローゲの声として合っていると感じたのでお願いしました。役作りも非常に掘り下げてくれています。

『トリスタン』のお二人は大役に対して一からのスタートでしたので、練習時間も充分に確保して3ヶ月以上前からじっくりと準備を進めてきました。時間をかけて丁寧に細部を掘り下げて、今月に入ってようやく全体を俯瞰する段階に入れており、すごく良いペースで来ています。公演では彼女達がいかにして役をモノにしたかを存分に聴いていただけると思いますよ。

 ─ピアニストも、前半がニューカマーの巨瀬さん、後半がお馴染み木下さんという2人体制ですね。

 そうなんです。ワーグナーを奏でられるピアニストを増やしていく、というのも我々の使命です。巨瀬さんはソロピアニストとして既に実力も確かな方で、「ワーグナーを知りたい」と名乗りを上げてくださったんですね。私や歌手との共同作業の中で、音楽の色やテクストの理解を積み上げていただいています。 

─城谷さんは『ワルキューレ』『チェネレントラ』と新国立劇場の本公演を今年お振りになりましたが、それらを経た「わ」の会はどのように楽しんでおられますか。

やはり今年の「わ」の会は、次の世代の歌手を「発掘」して我々の仲間を増やすという重要な「挑戦」があります。それを主眼に置き、長期間若い歌手と練習を積んできました。それは劇場での仕事とはまた違う意味合いがあり、やりがいがあります。『マイスタージンガー』をご覧になった方にとっては追体験、『オランダ人』をご覧になる予定の方にとっては予告編のような楽しみ方もできるのではないでしょうか。(※編注)

(※編注:新国立劇場にて2022年1月26日(水)~2月6日(日)で「さまよえるオランダ人」の上演予定あり)

 本邦のワーグナー上演では今や欠かすことができなくなった歌い手と、これからワーグナーを歌いこんでいくフレッシュな顔ぶれの共演。堂々たる5作品からの抜粋を手練れの「わ」の会がどう聞かせるか。本番を楽しみに待ちたい。

 ※すべての関係者は稽古前に検査を行い、検温で異常がないことを確認してからリハーサルに参加しています。

 (取材・写真  平岡 拓也)


【公演情報】

「わ」の会コンサート vol.7
@渋谷区文化総合センター伝承ホール
20211220() 18:00開演 17:20開場 プレトークあり(17:30予定)
全席自由¥4,500
後援:日本ワーグナー協会 

《さまよえるオランダ人》第1幕より
オランダ人 : 河野鉄平
ダーラント : 大塚博章
舵手 : 伊藤達人 

《ローエングリン》第2幕より
オルトルート : 池田香織
テルラムント : 大沼徹 

《ニュルンベルクのマイスタージンガー》 第1幕より
ダーヴィット : 伊藤達人
ヴァルター : 岸浪愛学 

《ラインの黄金》第3場より
ヴォータン : 大塚博章
アルベリヒ : 友清崇
ローゲ : 岸浪愛学 

《トリスタンとイゾルデ》第1幕より
トリスタン : 片寄純也
イゾルデ : 中村真紀
ブランゲーネ : 郷家暁子
クルヴェナル : 新井健士 

指揮:城谷正博
ピアノ: 木下志寿子/巨瀬励起
字幕・解説:吉田真


<著者紹介>

平岡 拓也(Takuya Hiraoka

1996 年生まれ。幼少よりクラシック音楽に親しみ、全寮制中高一貫校を経て慶應義塾大学文学部卒業。在学中はドイツ語圏の文学や音楽について学ぶ。大学在学中にはフェスタサマーミューザKAWASAKIの関連企画「ほぼ日刊サマーミューザ」(2015 年)、「サマーミューザ・ナビ」(2016 年)でコーナーを担当。現在までにオペラ・エクスプレス、Mercure des Arts、さっぽろ劇場ジャーナルといったウェブメディア、在京楽団のプログラム等にコンサート評やコラムを寄稿している。

 

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