札幌劇場ジャーナル

PMFウィーン演奏会

コンサートレビュー

7月9日(月) 札幌コンサートホールKitara(小ホール)

 

PMFウィーン演奏会 PMFウィーン演奏会を聴いた。ウィーンフィルの楽員と元楽員のPMF講師によって構成された臨時編成の弦楽四重奏団の演奏。1st.Vn.はおなじみのライナー・キュッヒル 

 一曲目はモーツァルトの弦楽四重奏曲第19番「不協和音」K.46522小節にわたり延々調性が確定しないこの作品の序奏部を興味深く聴いた。冒頭、チェロのC音のオスティナート。チェロは不安げに弱々しい。3拍目のヴィオラのAsの介入ですぐに調性が行方不明になる。このAsの介入によって、聴き手はチェロのCを主音とみなすことができなくなるのだ。チェロの弱々しさにはこの構成を明示するコンセプト性があるように感じられた。この時点で可能性としてはf-moll(F-As-C)ないしAs-dur(As-C-Es)の主和音の転回形が残っている。そこへ2小節目の一拍目に2nd.Vn.Esが加わり、一旦はAs-durの主和音であることが確定したかに聴こえる。ここまではイメージ通りだった。しかし、耳がAs-durだと判断したその直後、1st.Vn.が突如Aを奏でる。楽譜上はすべての音がpの指定だが、キュッヒルの音の強さは他のメンバーと比較にならないほど強い。このAの増一度の衝撃があまりにも強く際立つのだ。すぐ次の小節で2小節目のAsG-durのナポリの6度だったことが判明するのであるが、この増一度(対斜和声)の衝撃は印象深かった。

  とはいえ、これはキュッヒルの剛直なスタイルがもたらした偶然の効果だったのであろう。例年、PMFウィーン弦楽四重奏の演奏では、キュッヒルの強烈なリーダシップによって音楽が推進される。メンバーが交代してもそうなる。各声部ががっちりと組み合った立体的な演奏になることはあまりない。この序奏部でもその特徴が作品の性格と一致し興味深い効果を生んだということなのだろう。この序奏部以降は、キュッヒルらしい、遊びのない、直線的な音楽づくりが一貫した。

  序奏部の手探りするような緊張感の強い音楽は主部へ入ると雲が晴れるように伸びやかなハ長調の音楽へ展開する。しかし、キュッヒルの緊張力は主部へ入っても依然変化しない。序奏部とのコントラストがないのだ。さらに第二主題に入っても気分が変わらない。ただ、展開部のシンコペーションの構成力には説得力があった。第一楽章が終わった段階で、構造がよく分からず凝縮力だけが強い印象が残った。ハイドン・セット屈指の楽章なのだが少々残念だった。美しい旋律に翳りがよぎる第二楽章も心の底からの訴えがない。なんとか演じてみせようとするがその域を出ない。

  2曲目はコントラバスが加わり、ヨーゼフ・ランナー(1801-1843)作曲の弦楽5重奏曲「モーツァルティステン(Die Mozartisten)」。曲目をよく確認せずに会場入りしたのだが、この作品を聴くことができたのはラッキーだった。ランナーはウインナワルツを大量に書いた作曲家。もしモーツァルトがもう少し長生きしてウインナワルツを書いたらこんな曲になっただろうという音楽だ。魔笛の3つの和音を媒介にして、モーツァルトのオペラの名旋律が次々と登場する。なんという愉しい音楽だと思わされた。ランナーはマイナーな作曲家だが、聴き手を楽しませることに徹している。いじらしいほどだ。編曲されても魅力を失わないモーツァルトの旋律にも涙がにじむ。エンディングの夜の女王のアリアの編曲は綺羅星のような輝きだった。とはいえ、演奏はやはり剛直一辺倒。パパゲーノの笛ではキュッヒルが身体を傾けておどけて見せるが音は凝縮したままだ。僧侶たちの行進の引用にも静けさや荘厳さが感じられない。魔笛に欠かすことができない透明感も欲しかった。その意味では、こんな曲があるのですよ、という紹介にとどまった。

  休憩の後、ヨーゼフ・シュトラウスの天体の音楽、そしてブラームスの弦楽四重奏曲第3op.67。ブラームスのこの作品はブラームスの室内楽としては例外的と言えるほど寛いだ雰囲気を持っている。主題労作の緊密さは表に出ず、奏者は気負いのない喜びを感じることができる作品だ。しかし、この作品でも、真剣さが過剰で遊びがないように感じられた。

  第一楽章の小結尾では6/8拍子と2/4拍子が交代するユーモラスなリズムが楽しい。だが、このリズムに愉悦感がない。2つの旋律は、動機が密接な関連を持っているのでかなり揺らしても不自然に感じないように書かれているのだが、安全策をとったのだろうか。第2楽章、対位法的な伴奏にもっと思い切った厚みが欲しかった。1st.Vn.の旋律がここでも浮いてしまった。第3楽章はヴィオラの歌にブラームスらしい暗い情熱が内燃してきた。1st.Vn.が弱音器をつけたため、突出しなくなったのだ。第4楽章。第2変奏から第3変奏への移行で主導権がヴィオラから1st.Vn.に移るが、その響きと気分の変化が薄い。ここでも同じことが気になってしまう。ただ、主題がほとんど消えてしまう第6変奏からは聴き応えがあった。この変奏の昇華された感情から、加速し主題が回復される第7変奏への移行はドラスティックだった。そこから主題が何度も何度も反復され、ついに第一楽章の主題も重ねられ仰ぎ見るような立体感が現前した。コンサートの最後に至って、やっとだった。

  PMFウィーン弦楽四重奏はここ数年、同じ課題を抱えているように感じられる。練習不足、各奏者によるスタイルの不徹底、キュッヒルの突出。何よりも練習不足を補うために細部を犠牲にして勢いでなんとかしようとする姿勢はここ数年続いている。もちろん短期の音楽祭で講師がコンサートを開くのは日程的にも大変な苦労があるのだろう。

  1990年にPMFがはじまった頃は、札幌で著名な奏者による弦楽四重奏を聴く機会などほとんどなかった。その時代であれば、レッスンの合間に著名音楽家がコンサートを開催し、その演奏に札幌市民が触れることができるのは、それだけでも価値があったことだろう。しかし、現在の札幌は、まずキタラが小ホールでキタラ弦楽四重奏シリーズを継続的に実施している。さらに、ふきのとうホールは選りすぐりの演奏家を招聘している。札幌市民は相当にハイレベルな室内楽を日常的に聴いているのだ。PMFはいかなるコンセプトで室内楽のコンサートを継続すべきか。再考を迫られる時期を迎えているのではないだろうか。(多田 圭介)

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